お金がなくなる時代 1

こんにちは!弁護士の田中今日太です。

さて,今回は,お金がなくなる時代について考えてみましょう。

もともとお金は,どういう経緯で成立したかご存知ですか?

昔の人は,物品を物々交換していました。

例えば,お米と肉の交換とかですね。

お米を作る人と,肉を狩猟してくる人がいて,それぞれが内容を交換するということですね。

「これあげるから,あれちょうだいよ」みたいなイメージでしょうか。

ところが,お米にも収穫時期があり,常にお米を準備できるわけでもありません。

また,逆にお肉も常に狩猟できるわけではありません。

さらに言うなら,米俵いくつで,肉いくつもらえるのか?という疑問もありますね。

どれぐらいが妥当な交換価値なのか客観的にわかりません。

人によっては,米俵10と肉1キロ,はたまた米俵1と肉100キロ。

というように,バラバラになってしまいますね。

だからこそ,「お金」ということで,客観的に価値を統一させ,時期や場所によって手に入らない物の代わりに,交換の手段として,発達してきました。

簡単に言うと,これがお金の成り立ちですね。

ですから,「お金」は①価値が統一され②腐ったりしない交換手段であればよいわけで,なにも紙幣である必要もなかったのです。

時代や地域によっては,「お金」は「石」だったり「貝殻」だったりしたようですね。

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さて,ここから思考を続けます。

よく,「お金がないと生きていけない!」「お金がなかったら老後どうしよう!」「年金がなくなったら死んでしまう!」という方がおられます。

私の親もそんなことを言うことがあります。

しかし,それは間違いです。

人は,お金がなくとも生きていけますし,生活もできます。

それは,生活保護に頼ればよい,という消極的な解決策ではありません。

答えは簡単です。

物々交換(サービス交換を含む)です。

要は,昔に戻ればよい,ということですね。

しかし,私は,お金は全く「ゼロ」であってもいいとは思いません。

さすがにそれは,日本の資本主義社会の中では,現実的ではありませんし,不便です。

以下の通り,最低限の「お金」は確保する必要はありますが,要は,「お金がないと生きていけない」「年金がなくなったら死んでしまう」ということはならない,ということです。

ただ,それだけではありません。

人生や老後を豊かに生活することさえもできる可能性を秘めています。

まず,人間は,衣食住が足りていれば,生きられます。

「衣」は,ユニクロなどもありますから,安く買うことができます。

 また,古着と何かを物々交換することで手に入りますね。

ただ,古着が嫌な人もいるでしょうから,そういう方は「買う」という選択をすることになるでしょう。

なお,衣服を作れる人から新品の衣服を物々交換すればよい,という考えもありますが,衣服を作れる人が周りにいると考えるのはあまり現実的ではないと思います。

 ですので,古着が嫌な人は,「お金」が必要になる可能性があります。

「住」は,今後人口が減少するので,家賃は低くなるはずです。

すると,一定の家賃が払えれば,住むところには困りません。

すなわち,「住」のところで言うなら,お金が基本的に必要になりそうです。

ただ,例えば,住み込みでちょっと働く代わりに住まわせてもらう,というのもありでしょう。ご飯を作れる人が,ご飯を作ってあげる代わりに住まわせてもらうとか。

家が古いから,それをある程度補修したり,整備する代わりに住まわせてもらうとか。

これらは,労働というサービスと,そこに住めるという価値の交換ですね。

 こう考えれば,家に住むにもお金はいりません。

「食」は,自炊すれば,材料費と水道光熱費だけで足ります。

 ただ,家庭菜園などをして,ちょっとした野菜などを育てたりすれば,それを物々交換するのもありでしょう。

 もっと規模を大きく考えるなら,Aさんから余っている土地を使わせてもらって農作物を育てて,その農作物の一部をAさんに渡し,それ以外の農作物を自分の食料とする,というのもありですね。

 肉が欲しいなら,牧場の方と物々交換するなり,そこでちょっと働かせてもらって,お肉を分けてもらうなりできます。

 昔なら,猟師さんから,イノシシやシカの肉を分けてもらったり,物々交換したりもしていました。

 ただ,やや手間がかかる話なので,材料費などのお金を稼いで支払った方が早いかもしれませんね。

 これは,個人の価値観です。

 私は,今は,バリバリ働いているので,材料を自分で育てたり,物々交換したりはしません。

 お金を稼いで,支払った方が早いからです。

 ただ,もしも,年齢やほかの何らかの事情で,弁護士業を辞める時がきたなら,野菜を育てたり,猟師となって肉をとってきたりすることに抵抗はありません。

 むしろ楽しんで積極的にやるでしょう。

 さて,ここまで見てくれば,皆さんも「お金がなくとも生きていくことができる」ということが少し現実味を帯びてきた気がしませんか?

 また,上記のような考えをとれば,お金が必要だとしても少額で済みますね。

そう考えると,例えば,嫌な会社で無理して勤めてお金を稼いで生活するよりも,農業をやって自分の食べ物を得ていた方が,幸せだ,という価値観も生まれてきますね。

また,会社で働くとしても短い時間だけ働いて月数万円稼いで,あとは余った自由な時間を使って,料理作る代わりに住み込ませてもらったり,農業やったり狩猟やったりして食料を取ってきたりもできますね。

自分の自由な時間ができ,会社でのストレスを感じず,農業・狩猟・人の手伝いなどを楽しんでやれるなら,精神的にはとても「豊か」に生活できるかもしれませんね。

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