お金の真理と義が生きる世界2

こんにちは!弁護士の田中今日太です。

前回は,お金の真理を,もっぱら収入を増やす,という観点から見てみました。

もう一つは,「支出を減らす」,という観点から見てみようと思います。 

支出とは何か?

ここでは,①消費②浪費のいずれかを指すと考えてください。

まず,①は,消費ですが,必要最低限の支出は必要です。

例えば,食費,家賃,水道光熱費,ネット代,などですね。

これらは,欠かせないものです(これすら,なくす方向性は,お金がなくなる時代1,2を参照してください。)。

もし,ここを欠いてしまうと,生活の満足度としては下がってしまい,中々「幸せ」を感じにくくなるかもしれません。

一方で,②浪費は,使わなくてもいいのに,必要がないのに,必要以上にお金を使ってしまうということですね。

たとえば,毎日,高級な外食をするとか,高額な宝飾品を買うとかですね。

浪費になるかどうか消費になるかどうかは,収入によって変わります。

1億円の年収がある人が,100万円の時計を買ったとしても,直ちに浪費にはなりません。

ただ,50万円の年収の人が,100万円の時計を買うのは,浪費だと言えるケースが多いでしょう。

お金を貯めるうえで,大切なのは,②浪費を減らすことです。

とはいえ,中々,浪費がやめられない,という人もいるとは思います。

ここは私の経験と感覚でしかありませんが,

「義」で物事を考えると,「浪費」は少なくなるかなと思います。

ここで,義は,正しいこと,世の中にとってよいこと,人の幸せにつながること(例えば,仮に神様がいるとして,その神様の立場で考えた時に,神様なら何を望むか?),と定義します。

私は,難波に事務所があるので,たまに高島屋で,服飾関係を見たりします。

すると,時計なんかでは100万円以上するものが置いてます。

おしゃれなデザインで,「欲しいな・・」と物欲をくすぐられるときもあります。

しかし,その時に,義の観点で考えてみます。

たとえ,ここで私が100万円の時計を買ったとして,いったい誰が喜ぶ?と。

まず,100万円の時計を買った場合,まず間違いなく嫁には怒られるでしょう。

ガチギレです。

また,私がその時計を買ったからと言って,社会的には特に役に立ちません。

さらに,ブランド業者の営業は嬉しいと思いますが,経済的な観点で見ると、一部のブランドの業者が利益を得るだけです。

また,携帯で時間を確認できるので,便利さで言っても100万円の時計はいりません。

デザインがカッコよくて欲しい,という気持ちもありますが,デザインがかっこよくて,時計の機能性を果たせ,金額が安い時計は,この世に山ほどあります。

また,もともと見栄を張りたいという性格でもないので,100万円の時計をつけることによる優越感はありません。見栄の張り合いもしんどいですし。

・・・・あれ,100万円の時計,いらなくね??と思うようになります。

むしろ,そこにお金を使うのであれば,自身の弁護士業に役立てた方がよいはずです。

新たに人を採用したり,法律書籍を購入したり,事務用品を買ったり,従業員のお給料を上げたり,とか。

そうした方が,よほどお客さんも,従業員も,家族も喜ぶなと。

このように,「義」の観点を持つと,浪費が減ります。

ふと冷静になって,自身にとって必要か,不必要か分かるからです。

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私は,前の事務所を独立して,今の事務所を立ち上げる時に,今の事務所をもっと成長させて,世の中に貢献したい,という気持ちが強くありました。

そうであるなら,絶対に今の事務所を潰してはならない,とも思いました。

そのためには,自身の浪費をなくさなければならない,と強く思いました。

そのために,思考習慣として,「義」を基準に考える,ということをするようにしました。

すると,不思議ですが,世の中にあるもののほとんどが,実は要らないものであることに気づきました。

ブランドの服→かっこいいな→欲しい→でも高い→そもそも着るのか?→普段スーツだからほぼ着ない→ユニクロでいいや。

一人での居酒屋→おいしいものを一人で味わい尽くしたい→でもお金かかる→家族を連れてくるならともかく一人で食べても意味ないな→早く帰って家族の顔でもみるか。晩御飯も残り物ならあるだろうし。

住むところ→カッコいいタワマンに住みたい→目立ちたい・羨ましがられたい→でもお金かかる→タワマンは子供の教育にはあまりよくないと聞くし,嫁の実家のサポート受けにくい→嫁の実家の近くに住むか,そこまで高くないとこに。みんなハッピー!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やばい,無駄なものは何もいらないぞ。。。

今まで,「お金の残し方」ということを考えてきました。

しかし,このように考えると,何もいらなくなってくるので,お金すら必要ない,という結論に至ります。

昔は,学生の時代は,お金がなくて,お金が欲しくて仕方ありませんでした。

しかし,このように考えていくと,実は幸せになるためには,要らないものであることに気づかされます。

そして,ここが大切なところですが,ほしいものを我慢している,というわけではないということです。

ほしいものを我慢しているわけではなく,冷静に考えると,本当にそれを欲しているわけではないことに気づき,そんなものよりも,もっと大切にしたいものがあるから,そちらを優先しているにすぎません。

自分にとって必要のもの不要なもの,そして優先順位が定まれば,判断に迷うことはありません。

皆さんは,ご自身の判断基準はおありですか?

ない方は,私の考えを試してみてください笑

びっくりするほど今まで執着していたものが要らなくなりますよ笑