官民共同で推進する働き方改革や、ライフスタイルの変化によって「自宅で仕事をする」スタイルが珍しくなくなりました。特に在宅勤務は、コストダウンや人材確保の面から急ピッチで進められています。しかし、ここで問題になるのが「残業」です。ここでは、「在宅残業」や「持ち帰り残業」が発生した場合、残業代支給の対象になるのかを解説していきます。
持ち帰りで仕事をする「持ち帰り残業」「在宅残業」の問題
2019年4月、働き方改革関連法案が施行され、「時間外労働の上限規制」の運用が始まりました。具体的には、時間外労働(残業)について、次のような制限が設けられます。
- ・時間外労働は「年720時間以内」
- ・時間外労働と休日労働の合計は「月100時間未満」
- ・時間外労働と休日労働の合計について、「2~6か月平均が全て80時間以内」
- ・時間外労働が月45時間を超えることができるのは、「年6か月まで(6回)」
- ・上記に違反した場合には、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される
- ・大企業が2019年4月から、中小企業は2020年4月から実施
この内容からもわかるとおり、企業において時間外労働(残業)は、時間数・頻度ともに厳しく規制される方向にあることは間違いありません。しかし、規制がかかったとしても、会社での業務量が突然減るわけではありませんよね。つまり、「会社での労働時間で消化できない業務は、自宅に持ち帰る」という「持ち帰り残業」が発生する可能性があるわけです。
持ち帰り残業には、「自発的に持ち帰って仕事をするケース」と「会社からの命令によって仕事をするケース」の2通りがあります。前者は残業代が認められず、後者は認められると考えられていますが、実際には区別が難しいという実情があります。なぜなら、「直接指示を受けなくても、時間的制限や業務量、その他さまざまな事情から、仕事を持ち帰らざるを得ない状況」があるからです。
では、持ち帰り残業で残業代が発生するかは、どのように判断されるのでしょうか。
判断基準は「黙示の業務命令」
自宅に持ち帰った仕事が残業代の支給対象になるかは「指揮命令下にあったか」で判断されるのが通例です。
例えば、上司から明確に「今日はもう帰宅して、家でその資料を仕上げてこい」と言われたとしましょう。これは、たとえ自宅での仕事であっても上司の指揮命令下にあるわけですから、残業代が発生します。しかし、残業に対して厳しい規制がある昨今、こういったわかりやすい指示を出す上司は少ないでしょう。
持ち帰り残業が発生するような職場では、「無意識のうちに外堀を埋められるような雰囲気」が存在しており、「自発的に仕事を持ち帰るように仕向けられている」ことも少なくありません。例えば、次のようなケースです。
- ・持ち帰り残業が暗黙の了解になっており、上司がそのことを認識・容認している
- ・明らかに一人ではこなせない量の仕事が割り振られており、なおかつ残業も禁止されている
これらは「黙示の業務命令」と呼ばれており、黙示の業務命令があれば、持ち帰り残業にも賃金が発生する可能性があるわけです。実際に、以下のような判例で、持ち帰り残業の残業代が認められています。
○持ち帰り残業で残業代が認められた判例
千里山生活協同組合事件(大阪地裁判決平成11年5月31日労働判例772号60頁)
被告(上司)からの指示による業務量が就業時間内に消化できないほど多く、原告らが時間外労働に従事せざるを得ない状況にあった。そのため、原告らが従事した時間外労働(持ち帰り残業)は「上司による黙示の業務命令」と判断され、会社側に未払賃金(残業代)の支払いを命じた。
つまり、上司から口頭で直接「この仕事を持ち帰って仕上げてこい」と言われなくても、残業代の支給対象になり得るのです。
自宅で仕事(持ち帰り残業)で残業代を請求するには?
ここまでの内容を踏まえ、持ち帰り残業で残業代を請求するために必要な事柄を整理していきます。持ち帰り残業で残業代を請求するためには、以下のような証拠が必要です。
- ・日々の業務量や労働時間がわかるもの(勤怠の記録やタイムカード、業務日報など)
- ・上司とのやり取りを記録したメールや録音
- ・自宅に持ち帰った仕事の量や、自宅で仕事を終えた時刻がわかるもの(手書きのメモなど)
持ち帰り残業の残業代を請求するには、これら客観的かつ具体的な事実がわかる証拠を揃えておかなくてはなりません。ただし、証拠を揃えるだけでは不十分です。こういった証拠を用いて、「黙示の業務命令があったこと」「自宅での仕事が指揮命令下で行われたこと」を立証していかなくてはなりません。
通常の残業代請求とは異なり、持ち帰り残業は立証が難しい事案です。証拠の収集や取捨選択を含め、労働問題に強い弁護士への相談を検討してみてください。