医師は、大きく開業医と勤務医に分けられます。
開業医の場合は、労働者でないため、法定労働時間週40時間以内という制限がなく、残業代の問題は出てきません。
これに対して、勤務医は、経営者と一体となる立場の管理職から研修医まで、さまざまです。開業医とは異なり、近年、勤務医の長時間労働による過労死が問題となっています。医師は、人命に関わる仕事であるがゆえに24時間体制で臨まなければならず、さらに高額の給与を得ているのだから、法定労働時間に関係なく働くのは仕方ないというイメージがあります。そのため、本来支払われるべき残業代も支払われず、長時間労働を強いられているのが現状です。
しかし、医師といえども、雇用契約に基づく労働者であれば、労働基準法(以下、「労基法」といいます。)のルールが及ぶのが原則です。
以下、勤務医に多く用いられる勤務条件や賃金体系に沿って説明します。
労働時間
過去の判例によると、労働時間としてカウントできるのは「使用者の指揮命令下に置かれている」時間です(三菱重工業長崎造船所事件最判H12.3.9)。その判断は客観的になされるものであり、就業規則等の定めでは決定されません。したがって、診療時間はもちろん、前残業(定時前に出勤してその日の準備をする)、引き継ぎや報告のために出席が前提の朝礼、勤務時間外に参加が義務付けられている研修、レセプトの作成等は、実質的に使用者の指揮命令があると考えられ、労働時間としてカウントされます。
[宿日直・宅直]
勤務医にとって、よく問題となるのが宿日直・宅直です。
残業代等の割増手当は労働時間に対して発生します。そこで、これらの時間が労働時間に該当するかが大きな問題となります。宿日直・宅直勤務中といっても、①医療行為等の医師として通常の労働時間、②待機時間、③不活動仮眠時間があります。
- ①については、問題なく労働時間と認められます。
- ②については、宿日直勤務は通常、業務命令によることから、「使用者の指揮命令下に置かれている」として、労働時間に該当すると考えてよいでしょう。ただし、宅直(自宅等で待機し、病院からの呼び出しにより出勤する)は、労働時間には該当しないと考えるのが一般的です。
- ③については、電話・呼び鈴などがなった場合すぐに対応しなければならず、その時間においても労働契約上の役務の提供が義務付けられているといえ、労働からの解放がないことを理由に、労働時間に該当すると考えられます。
[労基法規定の適用除外]
以上のように、判例に従えば、宿日直は労働時間に該当すると一般には理解できます。
しかし、労基法41条3号、同法施行規則23条では「断続的な時間外・休日労働」であれば、労基法の時間規制の適用が除外されるという制度があります。これによれば、宿日直であっても、残業代や休日手当等が発生しないことになります。この制度を利用するためには労働基準監督署長の許可が必要です。
行政通達によると、「断続的な時間外・休日労働」とは、業務自体が途切れ途切れ行われるものであり、かつ、待機時間が長い労働を指すとされています。このような場合は労働密度が薄く、精神的肉体的負担も小さいことから、労働時間規制から除外してもよいというのが理由です。その判断は、実態に照らして客観的になされなければなりません。例えば、定期的巡視、緊急の文書や電話の対応、非常事態に備えての待機等がこれに該当します。
さらに、医師の宿日直については、行政通達で「常態としてほとんど労働する必要がない勤務」であることを許可要件としています。
この点、奈良病院事件(大阪高判H22.11.16)において、労働基準監督署長からこの制度利用の許可を受けていました。しかし、実態は、日中の勤務と宿日直のどちらも同等の仕事量があり、そもそも労働基準監督署長の許可が誤りであったとして、労基法の適用除外を否定し、病院側に宿日直の全てに対して残業代を支払うように命じました。
残業代の支払いから免れるために、勤務医の「通常の時間外・休日労働」を「断続的な時間外・休日労働」とみなすことは許さないと判断されたケースです。
固定残業代制
他の業種同様、勤務医の場合も「残業代は基本給に含まれている」ことを理由に残業代が支払われていない場合があります。勤務医の現実の残業時間の有無、時間数に関係なく、一定時間数の残業代を毎月定額で支給するという、固定残業代制です。
これが、残業代として有効な支払いと認められるには、以下の要件を満たす必要があります。
- ①基本給の部分と固定残業代の部分が明確に区別されている
- ②賃金の中に固定残業代が含まれること、その金額、時間を就業規則等に明示して、労働者に周知させる
- ③実際の時間外労働割増金額が固定残業代を上回った場合には、差額を支払う
(注意点)
よく勘違いされるのが、固定残業代制を導入しているのだから所定時間以上の残業をしたとしても定額の手当てしか支払わないという運用です。これは誤りです。要件の③にあるように、超過額は支払われなくてはなりません。
管理監督者
医師は、医療行為に際して他の医師や看護師等に指示を出すことから、「医師は管理職」のイメージがあります。もちろん、イメージだけで管理監督者になるわけではありません。「管理監督者」(労基法41条2号)に該当すれば、労働時間や休憩・休日に関する規定は適用されないため、残業代の支払いは不要になります。
このような労基法上の管理監督者として認定されるためには、①企業の重要部分に関与していること、②出社、退社、勤務時間について裁量があること、③賃金等について地位相応の待遇がされていることが必要です。
(注意点)
実際の裁判の場面で、管理監督者該当性が認められることは多くはありません。管理監督者でないとなると、勤務医の場合、かなり長時間労働を強いられていることが予想され、結果的には、高額の未払残業代の支払いを命じられることになります。管理監督者として扱うには注意が必要です。
年俸制
年俸制とは、賃金を1年単位で決定する賃金制度です。
医師は通常、高額の給与が想定されることから、その能力を1年単位で評価して翌年の給与に反映させるという年俸制がよく用いられます。年棒制といっても、賃金の支払いを1年に1回というわけではありません。賞与がない場合は、年俸を12か月で除した月単位の賃金を労働者に支払う必要があります。
(注意点)
一般に「年俸制には残業代が出ない」とのイメージがありますが、年棒制は給与額の定め方に関する仕組みに過ぎず、残業時間に関するルールは当然及びます。
また、年棒の中に固定残業代が含まれている場合がありますが、通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分を判別できることが必要です。たとえ、高額年俸であっても同様です(医療法人社団Y会事件最判H29.7.7)。
その他の賃金体系として、専門型業務裁量制、高度プロフェショナル制がありますが、これらにおいては、勤務医は、これらの適用対象職業とはされていません。したがって、これらの制度を理由に残業代を支払わないのは違法です。