働き方改革によって、長時間労働の是正や多様な働き方の実現が期待されています。時間外労働の上限が規制されたり、割増賃金の割増率が上がったりと、労働者の待遇が改善されそうな期待があります。
しかし一方で、労働時間が短くなっても業務量が変わらないことから、働き方改革は残業代請求の温床になるのではないか、という懸念もされています。
この記事では、働き方改革によって残業に関するルールがどう変わったのか、残業代請求に関して覚えておくべきことは何か、といったポイントについて解説します。
働き方改革によって変わった残業に関する3つのポイント
働き方改革による法改正のうち、残業に関するものを3つご説明します。
- 1.時間外労働の上限が規制された
- 2.高度プロフェッショナル制度が導入された
- 3.割増賃金の割増率が一部上がった
時間外労働の上限が規制された
以前は、時間外労働の上限は月45時間・年360時間となっていました。特別条項を結ぶと、この上限を超えて年間6ヶ月までは労働者を働かせることが可能で、特別条項の発動以降は法律による残業時間の上限はありませんでした。
働き方改革以降の変化をまとめると…
(月45時間・年360時間)
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
残業時間の上限 | 大臣告示による上限だった | 法律によって上限が定められるようになった |
特別条項発動後の残業時間 | 上限なし | 月80時間、年720時間までが上限になった |
高度プロフェッショナル制度が導入された
高度プロフェッショナル制度とは、高度な専門知識を有する労働者に対して、本人の合意があった場合に、労働基準法で定められている労働時間、休憩、休日、割増賃金を適用しない制度のことです。
高度プロフェッショナル制度の対象者になると、残業代に関する法律の対象ではなくなってしまうため、残業代ゼロ法案といわれることもあります。
しかし、本来高度プロフェッショナル制度を導入するためにはいくつかの要件を満たさなければならず、満たしていない場合は残業代の支払いが認められることが考えられます。
割増賃金の割増率が一部上がった
法定労働時間を超える残業をした場合、1時間当たりの賃金に1.25をかけた割増賃金が支払われます。働き方改革後はこの割増率が変更となり、時間外残業60時間を超える労働に対しては1.5倍の割増賃金が支払われるようになりました。
なお、中小企業の場合は2023年からの適用となります。
働き方改革後の残業代請求はどう変わるのか?
残業代請求をする上で、働き方改革の前と後ではどのような違いが予想されるのでしょうか?
ここでは、次の3点について解説します。
- サービス残業が増えることが予想される
- 賃金請求の時効が延長されることになった
- 高度プロフェッショナル制度の対象になると残業代請求はできないのか
サービス残業が増えることが予想される
本来、残業時間を減らすためには業務の効率化を検討したいところですが、それが難しい場合は業務量を削減するしかなくなります。しかし、業務量を削減すれば企業にとって売り上げや利益が失われることに。
業務量を減らす決断ができる企業は決して多くはないでしょう。結果的に、『残業時間は減ったが、業務量は変わらない』といったことが起こり得ます。仕事が終わらないけれど残業申請が通らない結果、持ち帰り残業やサービス残業が蔓延する恐れがあります。
このようなケースに当てはまる場合は、残業の証拠を残しておくことが大切です。タイムカードを切った後に労働をしているようであれば、毎日の労働時間を1分単位でメモしておく、パソコンのログイン・ログオフ記録を保存しておく、といった対処をしておきましょう。
賃金請求の時効が延長されることになった
これまで賃金請求の時効は2年でしたが、2020年4月以降は時効が原則5年(当面の間は3年)まで延長されることになりました。なお、3年の時効が認められるのは、2020年4月以降に発生した賃金となります。
賃金請求の時効が延長された結果、1回あたりの請求額が高額になることが予想されます。時効の延長は労働者からすれば、ありがたいことでしょう。しかし一方で高額な請求が相次いだ結果、企業の倒産リスクが高まることも予想されます。
企業の財務状況が悪化したり、倒産したりすれば未払い賃金を満額回収するのが難しくなります。したがって、時効まで期間があるからと安心をせずに、できるだけ早い段階で請求をしたほうが良いようなケースも今後想定されます。
なお、未払い残業代以外にも、『遅延損害金』『付加金』を請求できる場合があります。
遅延損害金 | 退職後未払い賃金を請求した際に発生。年利14.6% |
付加金 | 裁判になった際に、裁判所が支払いを命じることがある。未払い賃金の金額と同額。 |
高度プロフェッショナル制度の対象になると残業代請求はできないのか
残業代0法案とも言われる高度プロフェッショナル制度ですが、この制度の対象となってしまうと残業代請求をするのは難しいのでしょうか?
結論からお伝えすると、高度プロフェッショナル制度が適切に運用されている場合は残業代請求をするのが難しいでしょう。しかし、高度プロフェッショナル制度を導入するにはいくつかの条件を満たす必要があり、これらが満たされていないケースであれば、残業代請求が認められる可能性もあります。
高度プロフェッショナル制度が適用されるための条件は…
- 高度な専門知識が必要な業務のうち、厚生労働省令で定められている業務に従事している
- 年収が1075万円以上である
- 業務内容・責任・職務に求められる成果が明確に定義されている
- 労使委員会による決議の届け出が必要
- 対象労働者の同意が必要 など
上記のいずれかが満たされていない場合は制度が悪用されている可能性があるので、おかしいと思ったら労働基準監督署や弁護士などに相談してみましょう。
働き方改革以降に残業代を請求する際の注意点
最後に、働き方改革以降に残業代請求をする上で、心がけておきたいことを3つご紹介します。
企業に対して法令遵守を期待し過ぎない
今回働き方改革で労働者の待遇が改善されたかのように思えますが、中にはサービス残業が蔓延するような職場も出てくるかもしれません。
ブラック企業にとっては、従業員の幸せよりも利益の方が重要ですので、法改正をしたところで遵守するとは限りません。特別条項に関する決まりに違反したとしても、その罰則は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金です。「サービス残業をさせた方が儲かる」「残業代を請求されれば払えば良い」と考える企業があったとしても不思議ではありません。
あくまで自分で残業代は請求しなければならない
例え企業が違法に残業代を支払っていなかったとしても、労働者側が自ら証拠を揃え、残業代を請求しないと、残業代は支払われません。おかしいと思ったら、企業が改善してくれることを期待せず、自分から行動を起こす必要があります。
サービス残業をした証拠を残しておく
すぐに残業代請求の必要性がないような方でも、サービス残業や持ち帰り残業が常習化しそうな環境にいる方は、証拠を残しておきましょう。持ち帰り残業の場合、タイムカードなどの証拠を残せないので、自力で証拠を残しておくことが非常に重要になってきます。
まとめ
働き方改革で残業に対する法規制は厳しくなったものの、残業時間が短くなっても業務量は変わらず、サービス残業や持ち帰り残業を余儀なくされる方たちもいらっしゃるかと思います。残業代の未払いがあるようなケースでは、証拠をとっておき万一の時に請求をできるようにしておきましょう。