美容室での自主練が残業にあたるのは、以下の2点に当てはまる場合です。
- 1 実質的に雇用関係があった
- 2 実質的に指揮命令を受けて自主練をしていた
『実質的に』というのがポイントで、例えば使用者が自主練をするように指示をしていなくても、新人が無給で自主練をすることが当たり前になっており、使用者がこれを黙認しているような場合は、指揮命令があったと判断されることがあります。
この記事では、残業や労働時間の定義を確認した上で、美容室での自主練が残業にあたる場合とそうでない場合について検討していきます。
残業・労働時間とは?
自主練が残業にあたるのかどうか理解するためには、残業と労働時間の意味を理解しておく必要があります。本題に入る前に、以下の2点について確認していきましょう。
残業とは?
残業とは、1日8時間、または週40時間を超える労働(法定時間労働)のことをいいます。
法定労働を超える労働をさせる場合は、使用者と従業員の間で36協定を締結し、割増賃金を支払わなければなりません。
原則、雇用関係がある場合は、1日8時間、または週40時間以上働いていれば、残業代が支払われると考えて差し支えありません。
労働時間とは?
労働時間とは、働いている時間のうち、使用者の指揮命令下におかれている時間のことをいいます。自主練が残業にあたるかどうか判断する上では、『指揮命令があったか』という点が非常に重要になるのでぜひ覚えておいてください。
美容室での自主練は残業にあたるのか?
自主練が残業にあたるか判断するために検討するべきポイントは次の2つです。
- 1. 雇用関係があったか?
- 2. 実質的に指揮命令下にあったか?
自主練が残業にあたるのは、『実質的に』雇用関係があり、なおかつ指揮命令を受けて練習をしていた場合になります。
1.雇用関係があったか?
使用者が残業代の支払い義務を負うのは、雇用関係があった場合です。ただ、契約上は雇用関係にない場合でも、実質的に雇用関係にあると判断された場合は、残業代の支払い義務が発生します。
以下では、ケースごとに自主練による残業代が発生するのか検討していきます。
・1.雇用契約をしていた場合
雇用関係にあるので、指揮命令を受けて練習をしていたのなら残業代は発生します。
・2.請負・業務委託契約をしていた場合
請負・業務委託契約は雇用契約ではないので、基本的に自主練をしても残業にはなりません。
ただし、悪質な美容室経営者の中には、労働法による義務を回避するために、請負・業務委託契約を悪用する人もいます。契約形態にかかわらず、実質的な雇用関係がある場合は、残業代を支払う義務が生じます。
実質的な雇用関係認められるのは、例えば次のようなケースです。
- 出退勤時間について指示されていた
- タイムカードで労働時間を管理されている
- 接客方法について指示やマニュアルがある
- 接客や施術をするにあたって、店側から指示を受けた
・3.店の一角を間借りしていた場合
他の人が運営している美容室の一角を借りて仕事をするような場合は、場所を借りているだけなので雇用契約はありません。ただし、請負・業務委託契約の場合と同様、実質的な雇用関係がある場合は、自主練が残業にあたる可能性があります。
2.実質的に指揮命令下にあったか?
自主練が使用者からの指揮命令によるものであれば、残業代が発生します。
この指示命令には明示的なものだけではなく黙示的なものも含まれるので、自主練をするように言葉で言われていない場合でも、労働時間にあたる可能性があります。
・指揮命令下にあるケースの例
美容師として働くための最低限の技術を磨くために自主練をした
暗黙の了解で新人は業務外で練習するのが当たり前になっていた
・指揮命令下にないケースの例
営業外の練習は禁止されていたが、勝手に自主練をした
業務外の自主練を注意されたが、やめなかった
すでに十分な技術を持っている人がさらに技術を磨きたいと思い、美容室の指示を受けることなく自主練した
美容室でサービス残業をさせられているかもしれないケース
自主練による残業代の支払いを請求した場合、次のような反論が予想されます。ここでは、それぞれの主張について検討していきましょう。
練習は業務外だから残業代はない
お店の営業時間外は労働時間に当たらないと主張する方もいるかもしれませんが、これは正しくありません。
労働時間とは労働者が使用者の指揮命令化におかれている時間のことをいいます。したがって、例えば新人が実質的に自主練をせざるを得ないような場合であれば、黙示的な指揮命令化にあったと判断され、残業代の支払い義務が生じる可能性があります。
歩合給だから残業代はない
歩合給だからといって全く残業代が支払われないわけではありません。
歩合給が認められるためには、以下の要件を満たしている必要があります。
就業規則や雇用契約書などで、歩合給に時間外労働による残業代が含まれている旨の合意がある
通常の労働に対する賃金部分と、残業代部分が区別できるようになっている
残業代は固定だから、すでに支払っている
実際の残業時間ではなく、あらかじめ設定した残業時間分の残業代を支給する方法を固定残業代制といいますが、固定残業代制が有効であるためには、次の要件を満たさなければなりません。
- 就業規則や雇用契約書などで、固定残業代を採用する旨の合意がなされている
- 通常の労働に対する賃金部分と、残業代部分が区別できるようになっている
- 固定の労働時間を過ぎた労働時間に対して、別途残業代が支払われている
定額の残業代を支払えば、好きなだけ残業をさせられるわけではありません。
例えば、「30時間分の残業代5万円を支給する」と決められていた場合、30時間以上の残業に対しては別途残業代が支払われている必要があります。
美容室での自主練分の残業代を請求するには
ここでは、残業代を請求する手順についてご説明します。
証拠を集める
自主練による残業代を請求する際は、次のような証拠を集めましょう。
自主練の指示があったことがわかる証拠
- ●指示を受けたことがわかるメモ、メール、チャットなど
- ●他の美容師の証言
契約内容に関する証拠
- ●就業規則
- ●雇用契約書
- ●給与明細
残業時間がわかる証拠
- ●タイムカード
- ●労働時間を記録したメモ
- ●指名の履歴
- ●他の美容師の証言
特に、自主練の指示があった証拠などは集めるのが難しい場合もありますが、この場合は一緒に働いている美容師に、黙示的な指示命令があったことがわかるような証言をしてもらう方法があります。
残業代を計算する
具体的に何時間の自主練があったのか、自主練に対する残業代はいくらなのかを明確にします。
残業代の計算式は、次のとおりです。
残業代=基礎時給×割増率×残業時間 |
なお、残業時間には、着替えや片付けなどの準備時間も含めて計算をしてください。
残業代を計算する際は『残業代の計算|CASIO』のような計算ツールを使うとスムーズです。
話し合いによる交渉をする
使用者に対して、自主練の残業代を請求します。ただし、労働者が直接使用者と交渉をした場合、この記事でお伝えしたような反論がなされて、素直に残業代が支払われないことも考えられます。
感情論に発展して前向きな話し合いができないことも予想されますが、仮に冷静に話し合いができたとしても、指揮命令下にあったかどうかについては、判断が難しいポイントです。したがって、自主練による残業代を請求する際は、弁護士に依頼をするのが無難です。
労働審判や通常訴訟をする
労働審判や通常訴訟は、話し合いでの解決が難しい場合に利用できる裁判手続きです。労働訴訟や通常訴訟で残業代未払いが認められた場合、美容室は残業代の支払い義務を負います。話し合いでの解決が難しい場合は、これらの手段も検討していくことになります。
まとめ
終業後の自主練が残業にあたるかどうかについては、雇用契約や指揮命令の有無によります。仮に自主練が残業にあたるようなケースでも、使用者に対してこれを認めさせるのは簡単ではありません。未払い残業代があるような場合は、弁護士に相談されることをおすすめします。