事業場外みなし労働時間制は、企業の外で働く従業員に対して、使用者が指示をできない場合に採用される制度です。例えば旅行会社の添乗員や外回りの営業マンに向けて導入されてきた制度ですが、現代においては制度の有効性が認められないようなケースも増えてきています。
この記事では、事業場外みなし労働時間制の適用要件や、残業が発生する場合の対応などについて解説します。
事業場外みなし労働時間制の適用要件
事業場外みなし労働時間制とは、会社の外で労働をした際に、一定時間の労働をしたとみなして賃金を支給する制度です。ここでは、事業場外みなし労働時間制の適用要件についてご説明します。
- 1. 労働者が事業場外の業務に従事したこと
- 2. 労働時間を算定し難いこと
1.労働者が事業場外の業務に従事したこと
事業場外とは、会社の外であり、なおかつ使用者による指示や命令、監督の及ばない場所のことをいいます。仮に会社の外であっても、使用者が労働者に対して具体的な指示をできるような場合は事業外とはいえません。
現代ではメールや電話・チャットツールなどスムーズに連絡を取れる方法は多いため、使用者の指示が及ばない場所という要件を満たすのは簡単ではありません。
なお、労働時間のうち全てが事業場外労働である必要はありません。業務の一部を事業場外で行っている場合でも、事業場外みなし労働時間制の対象になり得ます。
2.労働時間を算定し難いこと
事業場外みなし労働時間制を適用するためには、事業場外で労働をしていることに加えて、労働時間の算定が困難である必要があります。
事業場外みなし労働時間制の適用要件が満たされうる職種には、例えば次のようなものがあります。
- 旅行会社などの添乗員
- 外回りの営業
- 新聞や雑誌などの記者
- リモートワーク・在宅勤務の社員
ただ、現代ではスケジュールを管理できるソフトウェアなどが豊富に存在します。そのため、労働時間の算定が困難な状況というのは実質的にほとんど存在しません。
そもそも、事業場外みなし労働時間制ができたのは、1987年のことです。当時は事業場外の労働を管理できるようなツールが乏しかったため、事業場外みなし労働時間制が必要になる状況が多く存在しました。
現代でも事業場外での労働は存在するものの、労働時間を算定が困難なケースは限られており、法律ができた当時の状況とはズレが生じていることは留意しておくべきでしょう。
事業場外みなし労働時間制で、所定労働時間以上の労働が必要な場合の対応
事業場外みなし労働時間制では、基本的に所定労働時間分の労働がなされたとみなします。所定労働時間とは、企業があらかじめ定めた労働時間のことで、法定労働時間の範囲内(1週間あたり40時間、1日あたり8時間)で決定できます。
ここでは、所定労働時間以上の労働が経常的に発生する場合に、使用者が行うべき対応についてご説明します。
現状に合致した労働時間を設定する
実際は10時間働いているのに、8時間分の賃金しか支払われていないとなると、労働者からの不満は避けられません。
事業場外みなし労働時間制を採用する場合、事業場外の労働については、所定労働時間分の労働がなされた前提で賃金が計算されます。
しかし場合によっては、所定労働時間分のみなし労働時間が、現実の労働時間よりも短いことがあります。
この場合、実際に生じうる労働時間をみなし労働時間として設定することができます。具体的なみなし労働時間は、使用者と、労働組合もしくは労働者の過半数代表との間での労働協定によって定める必要があります。
労働基準監督署に届け出をする
労働組合や労働者の代表との間での労働協定については、労働基準監督署に届け出をしなければその効果は認められません。
所定労働時間を超える労働に対しては割増賃金を支給する
法定労働時間を超える労働時間が設定されている場合、または時間を超えて労働をしている場合は、基礎賃金に割増率をかけた割増賃金が発生します。実情にあったみなし労働時間を設定するとともに、法定時間外残業に対しては割増賃金を支払わなければなりません。
事業場外みなし労働時間制の判例
ツアーの添乗員に対しての事業場外みなし労働時間制の有効性が否定された判例に、阪急トラベルサポート事件があります。
企業は労働者派遣業を営んでおり、旅行会社に派遣をしていました。会社はツアー添乗員の仕事は労働時間を算定できないとし、事業場外みなし労働時間制を適用。1日あたり3時間分の残業代を支給していました。
しかし、従業員は添乗員の仕事に対しては事業場外みなし労働時間制が適用されないことを主張し、実際の残業時間分(1日あたり3時間以上)の残業代を請求し、裁判所はこの主張を認めました。
裁判では、事業場外みなし労働時間制が認められない根拠として、次の点を上げています。
- ●添乗員の業務は行程表に従うため、従業員に裁量はなかった。
- ●トラブルが発生した場合は携帯電話により会社からの指示を受けることが義務付けられていた。
- ●日報により、従業員は業務の内容を正確に報告することが求められていた。
上記のように、会社からの指示に従って業務を行っている以上、『事業場外』の要件は満たしません。携帯電話やスマートフォンが普及した今、事業場外みなし労働時間制の適用要件を満たすのがいかに難しいかがわかる事例です。
事業場外みなし労働時間制で残業代を請求するには
上記の判例のように、現代では事業場外みなし労働時間制の要件を満たすのは困難です。同制度が適用されている際の残業代請求の方法としては、次のような方法が考えられます。
- 1. みなし労働時間以上の労働時間に対する残業代を請求する方法
- 2. 事業場外みなし労働時間制の有効性を争う方法
1の方法の場合は、みなし残業時間以上の労働を何時間していたのか証拠を集めていくことになります。
就業規則や給与明細、雇用契約書など、労働契約の内容がわかる書類に加え、タイムカードや日報、P Cのログイン・ログオフ記録など、事業場外で何時間の労働をしていたのかがわかる資料手元に残しておきましょう。
2の方法の場合は、上記の証拠に加えて、使用者から具体的な指示をされていた証拠や、スマートフォンなどで指示がなされた履歴、労働者に裁量がなかったことがわかる証拠などを収集することになります。
残業代請求をする際は企業と交渉をすることになりますが、金額が高額になればなるほど交渉が難航することが考えられます。弁護士が交渉を代理することで有利な結果を得やすくなるので、残業代請求を検討されている方は是非一度ご相談ください。
まとめ
事業場外みなし労働時間制の有効性が認められるためには、『労働者が事業場外の業務に従事したこと』『労働時間を算定し難いこと』という要件を満たさなければなりません。
しかし、スマートフォンが普及した現代においては、企業の外でも上長が指示をすることは簡単ですし、労働時間を算定することも難しくはありません。
事業場外みなし労働時間制が採用されており、なおかつ実労働時間に対して適切な残業代が支払われていないような場合は、一度弁護士にご相談ください。