「残業代を請求したいが、手元に勤務を証明するものがない」という相談を受けることがあります。勤務記録は残業代請求における証拠のひとつであり、非常に重要な書類です。
しかし、労働者側が勤務記録を保持していなくても、残業代請求自体は可能なのです。では、具体的にどういった手続きを行うべきなのでしょうか。
勤務記録は会社側に保存の義務がある
余り知られていないことですが、使用者(会社側)は、労働者の名簿・賃金台帳など、労働関係に関する重要書類を3年間保存する義務があります。具体的には「労働者名簿、賃金台帳、出勤簿」の「法定三帳簿」を3年間保存する義務があるのです。これは、労働基準法第107条および108条、109条などに規定があります。
“労働基準法第107条労働者名簿
使用者は、各事業場ごとに労働者名簿を、各労働者(日日雇い入れられる者を除く。)について調製し、労働者の氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入しなければならない。”
“労働基準法第108条賃金台帳
使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払いの都度遅延なく記入しなければならない。
省令で定める事項を記入しなければならない。”
“労働基準法第109条記録の保存
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。”
また、2017年に策定された厚生労働省の通達(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)においても、出勤簿やタイムカードの保存が義務付けられています。
このように、労働者側が勤務記録を保持していなくても、会社側は保持する義務があることがわかります。したがって、会社側に勤務記録を開示すれば、残業代請求は可能なのです。
会社側に勤務記録を開示させるには
まずは正面から、会社側に勤務記録の開示を求めていきましょう。会社側に開示義務を認める法律はないものの、開示義務を認めた判例はあります。良い例が、「大阪地裁平成22年7月5日判決」です。
同判決では、タイムカードなどについて「労働契約の付随義務として~特段の事情のない限り開示すべき義務を負うと解すべきである」と明確に述べており、場合によっては勤務記録の開示義務があると理解できます。したがって、労働問題に強い弁護士などは、残業代請求の重要な証拠として勤務記録の開示を求めることは珍しくありません。
そこでまずは、会社に対して「残業代請求の時効中断、勤務記録の開示」を求める内容を書面にしるし、内容証明で送付しておきましょう。会社側がおとなしく勤務記録を開示すれば、その内容をもとに残業代の計算が進められます。しかし、問題は開示に応じなかった場合です。この場合の対策としては、以下3つが考えらえます。
訴訟や労働審判の準備段階として証拠保全を行う
会社側が開示に応じない場合には、裁判所に対して証拠保全命令を申し立てることも可能です。証拠保全手続きによって、会社側が保管する未払い賃金の証拠を提出させるわけですね。しかし、これは未払い残業代請求訴訟や労働審判の準備として行われるのが一般的ですから、弁護士の力が必要です。
労基署に勤務記録の開示を支持してもらう
労働基準監督署(労基署)は、労働基準法(労基法)に違反する会社に対して監督、是正を行う機関です。もし残業代に未払があると判断されれば、労基署が会社側に催告を行い、勤務記録を開示するよう促してくれます。しかし、残念ながら強制力はないため、会社側が従わない可能性もあり得ます。
訴訟の制度である「文書提出命令」を利用する
民事訴訟法221条では、「文書の特定のための手続き」として、立証に必要な書類の提出を求めることが可能としています。もしこの手続きを利用しても勤務記録を提出しない場合は、労働者側の主張がそのまま認められることにつながるため、会社側は開示せざるを得ません。
このように勤務記録の開示にはいくつかの方法があります。労基署からの催告をのぞけば、弁護士経由で求めたほうが相手方も問題を先延ばしにせず、スムーズに対応する可能性が高いでしょう。
残業代請求は証拠集めからが勝負
残業代請求は、労働者側に立証責任があるため、証拠集めの精度が勝負を決めると言っても過言ではありません。もし勤務記録(タイムカードや勤怠管理システムの内容)が無い場合は、すぐに労基署や弁護士に相談し、証拠の確保を行ってください。また、スムーズな残業代請求・支払いを実現するには、会社側に「今お茶を濁しても、いずれは開示せざるを得ない」と認識させることが重要です。つまり、労働問題に強い弁護士の力を活用すべきでしょう。