医師の年俸に残業代が含まれないと判断され、病院に500万円の支払いが求められる裁判がありました。
(参照:産経ニュース|医師の残業代、年俸に含まず、500万円支払い命じる 東京高裁差し戻し審)
同じように年俸制で働いている医師の方の中には、「もしかして残業代が正しく支払われていないのではないか」などと気になった方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、医師の年俸制に定額残業代が含まれるのかどうかについて、検討をしていきます。
医師の年俸制・定額残業代とは?
最初に、年俸制・定額残業代の意味についてご説明していきます。
年俸制とは?
「年俸制だから残業代は払わない」という主張がなされることがありますが、大前提として年俸制でも残業代は発生します。
年俸制とは、1年ごとに給与の総額を決めるという方法に過ぎません。1日8時間、週40時間の法定労働時間を超える労働に対しては、一定の割増率をかけた割増賃金(残業代)を支払わないと、労働基準法に違反することになります。
「年俸に残業が含まれている」という主張がなされることもありますが、この場合でも、基礎賃金部分と残業代部分が給与明細などで区別されていることが必要になります。残業外の金額が算定できない状態であれば、これまでの給与とは別に残業代を請求できる可能性があります。
定額残業代とは?
定額残業代とは、一定時間の残業や深夜労働が発生することを想定し、あらかじめ決定したみなし残業時間分の残業代を固定で支払う方法です。
例えば、毎月30時間の残業が発生すると想定した場合は、実際の残業時間に関係なく30時間分の残業代が支払われます。
また、これは一定の残業代を支払えば好きなだけ残業をさせられるといった制度ではなく、みなし残業時間を超える労働に対しては別途残業代を支給しなければなりません。36協定の関係で、みなし残業時間の上限は45時間となっています。
年俸制の医師が残業代を請求できるようなケース
年俸制と定額残業代が採用されている場合に、医師の方が残業代の請求できるケースには次のようなものがあります。
定額残業代が無効であるケース
- 定額残業代が有効であるためには、以下の要件を満たさなければなりません。
- 定額残業代を採用する旨の労働契約が締結されていること
- 基礎賃金部分と残業代部分が区別されていること
したがって、定額残業代を採用する旨の労働契約が結ばれておらず、就業規則での記載と労働者への周知がなされていないような場合や、残業代が具体的に計算できない場合などは定額残業代が無効になるため、正しい残業代を計算し、請求することができます。
定額残業代は有効だが、みなし残業時間以上の労働に対して残業代が支払われていない
みなし残業時間が定められていたとしても、みなし残業時間を超える残業に対して残業代が別途支給されていない場合は、残業代未払いとして請求の対象になります。
みなし残業時間の上限は45時間ですが、医師の仕事は多忙であり、みなし労働時間以上に残業をされている方も多いのではないかと思います。
引用元:医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査|厚生労働省
厚生労働省の調査では、調査対象の医師のうち27.7%が1週間あたりの勤務時間が60時間以上であると回答をしています。
「残業時間に対しての賃金が安すぎるのではないか」と感じている方は、一度就業規則を確認されることをおすすめします。
管理職だから残業代は出ないと言われているケース
「管理職だから残業代は出ない」などと病院側が主張することがあります。労働基準法41上2号では、管理監督者には労働時間や休日に関する労働基準法の規定が適用されないとあり、残業代の支払い義務も発生しないことになります。
ただ、管理監督者と管理職は別物です。管理監督者であるためには、次の要件を満たしている必要があります。
- 1. 経営者と一体の立場である
- 2. 自身の出退勤や労働時間について裁量がある
- 3. その地位にふさわしい待遇がなされている
管理職の立場にある医師が上記全ての要件を満たすのは難しく、病院経営についての意思決定に関与していない場合、出退勤時間を自由にコントロールできない場合、従業員の労務管理に関与していない場合などは管理監督者に当たらない可能性が高くなります。
医師の年俸に残業代が含まれていないと判断された判例
参照:平成28年(受)第222号 地位確認等請求事件 平成29年7月7日 第二小法廷判決
医療法人に勤めていた医師(原告)が、医療法人(被告)に時間外労働や深夜労働に対する割増賃金を請求した判例です。
雇用契約では、医師の年俸は1,700万円でしたが、時間外勤務規定に定められた残業だけが割増賃金の対象となり、通常業務の延長による時間外勤務に対しては、割増賃金の支払いがなされていない事実がありました。
最高裁は、割増賃金を支払う際は、通常の労働時間に対する賃金と残業部分の賃金の判別が可能な必要があることについて述べた上で、年俸に残業代が含まれていることに対して合意はあったものの、本件については年俸と割増賃金部分の区別ができないとして、割増賃金は年俸に含んで支給されたという主張は成立しないとの結論を出しました。
年俸制の医師が残業代を請求するには
定額残業代が有効になる要件を満たしていないような場合や、未払い残業代があるような場合は、次のような流れで残業代を請求しましょう。
証拠を集める
定額残業代の有効性を争ったり、未払い賃金を計算したりするためには、次のような証拠を集める必要があります。
残業時間がわかる証拠
- タイムカード
- 業務日誌
- カルテなど
- 病院への入退所記録
- P Cのログイン・ログオフ記録
- メールやチャットの送受信記録
契約内容がわかる証拠
- 就業規則
- 労働契約書
- 給与明細
残業代を計算する
残業代を請求する際は、具体的な金額を算出しなければなりません。
残業代の計算式は次のとおりです。
残業代=基礎時給×残業時間×割増率 |
なお、割増率は労働時間の種類に応じて変動します。労働時間ごとの割増率は次の通りです。
- 労働時間
- 割増率
- 法定時間外残業
- 1.25
月60時間を超える残業
- 1.5
法定休日労働
- 1.35
深夜労働
- 0.25
法定時間外残業かつ深夜労働
- 1.5
法定休日労働かつ深夜労働
- 1.6
『残業代の計算|CASIO』などの計算ツールを使うことで、残業代の大まかな金額を算出できます。
病院と交渉する
証拠を揃えて請求額を確定したら、病院側に未払い残業の支払いを求めて話し合いをすることになります。内容証明郵便を送付することで、残業代請求をした事実を公的な証拠として残せます。
労働審判や通常訴訟を起こす
話し合いによる交渉が難しい場合は、労働審判や通常訴訟を検討しましょう。労働審判や通常訴訟をした場合は、裁判所により残業代未払いの主張が有効であるかどうかが判断されます。このような裁判手続きで有利な結果を得るためには、法律の知識が欠かせないため、弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
この記事では、年俸制や定額残業代の意味についてご説明した上で、医師の年俸制に残業代が含まれないようなケースや、判例についてご紹介してきました。
就業規則や給与明細の内容をもとに定額残業制の有効性を判断し、定額残業制が無効な場合や、みなし残業時間以上の労働に対して賃金が支払われていない場合は、証拠を集めた上で残業代の請求をしましょう。