定額残業代とは、時間外労働や休日労働、深夜労働による割増賃金をあらかじめ決めた一定の金額で支払うことをいいます。本来は実際に発生した労働時間に応じて残業代が計算・支給されますが、事前に定額残業代を採用する旨の労働契約を結ぶことで、一定金額の残業代を支給することができるようになります。
ただ、定額残業代は一定の残業代で労働者を好きなだけ働かせられるというものではなく、適切な運用をしていない場合は裁判にてその有効性が問われることもあります。この記事では、定額残業代の有効要件などについてご説明します。
定額残業代の有効要件
定額残業代が認められるためには、以下の点を満たしている必要があります。それぞれ詳しくご説明します。
定額残業代部分と、それ以外の賃金部分が明確に区別されている
何時間分の残業代なのかが明示されている
定額残業代でカバーできる範囲以上の残業が発生した場合は、別途割増賃金が支払われている
定額残業代を採用することが労働契約の内容になっている
1.定額残業代部分と、それ以外の賃金部分が明確に区別されている
給与明細や労働契約書、就業規則などにで、通常の労働時間に対する賃金部分と、定額残業代部分の賃金部分が判別できる状態になっている必要があります。
1週間に40時間、1日8時間を超える労働(法定時間外労働)に対しては、通常の時給の1.25倍の割増賃金が支払われます。もし通常の賃金部分と定額残業代の賃金部分が区別されていない場合、労働者は正しい割増率の残業代が支払われているか確認することができません。
例えば求人を出すような場合は、「基本給25万円には残業代を含む」と表示するのではなく、「基本給のうち5万円を、20時間分の残業代とする
といった文言をつけ足す必要があります。
2.何時間分の残業代なのかが明示されている
定額残業代とは、一定の残業代を支払えば何時間でも残業をさせられるというものではありません。何時間分の残業時間に対して、いくらの残業代が支払われるのか、給与明細等に具体的に明示されている必要があります。
なお、あらかじめ定めた残業時間分の残業が発生しなかった場合でも、定額残業代分の残業代は支払われなければなりません。
3.定額残業代でカバーできる範囲以上の残業が発生した場合は、別途割増賃金が支払われている
例えば30時間の残業代に対する定額残業代の支払いをしているケースであれば、31時間以上の労働が発生した場合は、別途割増賃金を支払う旨を賃金規定等に明示する必要があります。
4.定額残業代を採用することが労働契約の内容になっている
定額残業代が採用される旨の労働契約を、使用者と労働者との間で締結する必要があります。個別の労働者と労働契約による合意が得られていない場合は、あらかじめ就業規則に定額残業代の規定をしたうえで、その内容を労働者に対して周知しなければなりません。
定額残業代が有効でない場合はどうなるのか?
裁判で定額残業代が有効ではないと判断された場合は、残業代を支払っていなかったことになります。
これまで支払っていた定額残業代は基礎賃金として計算されるようになるため、新しい基礎賃金に残業などによる割増率をかけた残業代の支払いを命じられることがあります。
さらに、悪質であると判断された場合は、未払残業代の金額を上限とする付加金の支払いを言い渡されることもあり、企業の財務状況に大きな負担を強いることになります。
また、残業代請求の時効はこれまでは2年でしたが、法改正によりこれが原則5年、当面は3年まで延長されています。したがって、今後残業代の未払いが認められた場合企業は最大で3年分の未払い賃金を請求されることになります。
有効要件を満たさない定額残業代の支払いをされている場合の対応
例えば、一定の残業代で際限なく残業を課されているような場合など、定額残業代が適切に運用されていない場合は、企業に対して適切な金額の残業代支払いを求めることができます。
ここでは、有効要件を満たさない定額残業代制度が運用されている場合の残業代請求の手順についてご説明します。
弁護士に相談する
残業代未払いが疑われる場合は一度弁護士に相談されることをお勧めします。
弁護士に相談をすることで、現在勤めている企業の残業支払い方法が適切かどうか判断できます。
仮に適切な金額の残業代が支払われていないとわかった場合は企業に対して残業代支払いの交渉をすることになるのですが、弁護士に交渉を依頼した場合は、会社と直接交渉せずに済むため精神的な負担を軽減しやすくなります。また、適切な方法で残業代を計算・請求できるため、交渉を有利に進めやすくなります。
法的に適切ではない方法で残業代の支払いがなされている場合は、一度弁護士にご相談ください。
証拠を収集する
残業代を請求するためには、請求の根拠となる証拠を集める必要があります。
- 労働契約書
- 就業規則
- 実労働時間が分かる資料
- 給与明細
労働契約の内容を把握するためには、労働契約書や就業規則のコピーが必要です。これらの資料に定額残業代に関する記述がないような場合や不適切な内容であった場合は、請求をするうえで有利な証拠になります。
残業代を計算するためには、具体的に何時間分の残業代が支払われていないのか明確にする必要があります。タイムカードやP Cのログイン・ログオフ記録、I Cカードによる入退室記録など、実労働時間が分かる資料を集めましょう。
なお、すでに退職をしていて証拠を集めるのが難しい場合は、裁判所を通して証拠保全の手続きをすることもできます。証拠保全とは、裁判で必要な証拠を確保することをいいます。
残業代を計算する
残業時間が分かる資料を集めたら、請求する残業代の金額を計算しましょう。
大まかな残業代の計算方法は次のとおりです。
未払い残業代=本来の残業代−定額残業代 本来の残業代=残業時間の合計×時給×1.25 |
『残業代の計算|CASIO』や『固定残業代の計算|CASIO』などのツールを活用し、大まかに残業代を計算してみましょう。
また、実際に請求をする際は、深夜労働や休日出勤などを考慮して、別途割増賃金を計算する必要が出てきます。残業代の計算方法は複雑なので、一度弁護士に相談することをおすすめします。
残業代を請求する
証拠の収集と残業代の計算が終わったら、残業代の請求をします。まずは企業と話し合いをして解決を目指しますが、話し合いでの解決が困難な場合は内容証明郵便を送付して残業代請求をした証拠を残したり、労働審判や通常訴訟などの方法に移行したりすることになります。
まとめ
この記事では、定額残業代の有効要件と、不適切な残業代支払いが行われていた場合の対応についてご説明してきました。
残業代の請求をする場合は、残業代の計算や企業との交渉などをしなければなりません。交渉で有利な結果を得るためには、残業代請求の実績がある弁護士への依頼が欠かせません。残業代請求をお考えの方は、一度ご相談ください。