交通事故に遭ってから,憂うつな気分がずっと続いたり,急に交通事故の記憶を何度も思い出してしまう場合,「非器質性精神障害」かもしれません。
非器質性精神障害であれば,後遺障害等級の認定を受けられる可能性があります。
当コラムでは,交通事故を原因とする非器質性精神障害についてご説明いたします。
1 非器質性精神障害とは何か?
非器質性精神障害とは,脳組織に器質的異常が確認できなくとも異常な精神状態が発生している状態のことで,いわゆるうつ病やPTSDと呼ばれるものなどを言います。
交通事故を原因とする非器質性精神障害が後遺障害にあたるかどうかは,自賠責保険が判断します。
そして,自賠責保険の後遺障害等級認定は,労災の後遺障害認定基準に準拠します。
労災の後遺障害認定基準では,⑴精神症状のうち1つ以上の精神症状を残し,かつ,⑵能力に関する判断項目のうち1つ以上の能力について障害が認められる場合に非器質性精神障害の後遺障害が残っていると判断されます。
(1)精神症状
①抑うつ状態
持続するうつ気分,何をするのもおっくうになる,それまで楽しかったことに対して楽しいという感情がなくなる,気が進まないなどの状態。
②不安の状態
全般的不安や恐怖,心気症(ささいな心身の不調から,がんなどの重い病気ではないかと強い不安を感じてしまうなど),強迫など強い不安が続き,強い苦悩を示す状態。
③意欲低下の状態
すべてのことに対して関心が湧かず,自発性が乏しくなる,自ら積極的に行動せず,行動を起こしても長続きしない。口数も少なくなり,日常生活上の身の回りのことにも無精となる状態。
④慢性化した幻覚・妄想性の状態
自分に対する噂や悪口あるいは命令が聞こえる等実際には存在しないものを知覚体験すること(幻覚),自分が他者から害を加えられえている,食べ物や薬に毒が入っている,自分は特別な能力を持っている等内容が間違っており,確信が異常に強く,訂正不可能でありその人個人だけ限定された意味づけなどの幻覚,妄想を持続的に示す状態。
⑤記憶または知的能力の障害
記憶障害としては,解離性健忘,自分が誰であり,どんな生活史を持っているかをすっかり忘れてしまう全生活史健忘や生活史の中の一定の時期や出来事のことを思い出せない状態をいう。
非器質性の知的能力の障害としては,解離性障害の場合がある。
⑥その他(衝動性の障害,不定愁訴など)
多動や衝動行動,徘徊,身体的な自覚症状や不定愁訴(原因が分からないけれども体調不良を感じること)など。
⑵能力に関する判断項目
①身辺日常生活 ②仕事・生活に積極性・関心を持つこと ③通勤・勤務時間の遵守 ④普通に作業を持続すること ⑤他人との意思伝達 ⑥対人関係・協調性 ⑦身辺の安全保持、危機の回避 ⑧困難・失敗への対応 |
非器質性精神障害には,PTSDもあります。
交通事故など,「もうこのまま自分は死んでしまう」ような状況などに直面して強い恐怖などを体験し(外傷体験),外傷体験から1カ月経っても,下記のような症状が続き,生活の妨げになっていれば,PTSDと診断されます。
再体験 | 外傷体験の記憶が何度も思い出され、その場に連れ戻されたように感じ、その時と同じ感情がよみがえる(侵入症状=再体験症状)。 |
回避 | 現実感がなくなって感情が麻痺したり、自分の体験を遠い出来事のように思ったり、事件を思い出させるものに近寄れなくなったり(回避・麻痺症状)する。 |
認知および感情の変化 | 持続的で過剰に否定的な信念を持つようになったり、様々なことに関心や興味を持てなくなったり、以前は楽しめていたことが楽しめなくなったり、他者から孤立していると感じたり、幸福感や優しさなどの感情が持てなくなったりする(気分と認知の陰性変化)。 |
覚醒 | どきどきしたり、物音に驚きやすくなったり、怒りっぽくなる(過覚醒症状)。 |
ただし,PTSDと診断されただけで,必ずしも後遺障害等級認定がなされるわけではないことに留意しなければなりません。
引用:厚生労働省 脳の器質的損傷を伴わない精神障害(非器質性精神障害)について
参照:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット PTSD
なお,交通事故を起こした加害者がうつ病になった場合について,当事務所の次のコラムでご紹介しているのでご覧ください。
交通事故を起こした加害者がうつ病になった場合どうすれば良いのか
2 後遺障害認定はどのようにして決まるのか?
⑴非器質性精神障害の後遺障害等級と等級評価判定の目安
交通事故を原因とする非器質性精神障害の後遺障害等級と等級評価判定の目安は,以下のようになっています。
等級 | 後遺障害 | 等級評価判定の目安 |
9級10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの | ・就労している又は就労意欲のある者→上記の判断項目のうち,②~⑧いずれか1つの能力が失われている,又は判断項目のうち4つ以上についてしばしば助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの・就労していない者→身辺日常生活について時に助言・援助を必要とする程度の障害が残存しているもの |
12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの | ・就労している又は就労意欲のある者→上記の判断項目の4つ以上について時に助言・援助を必要とする程度の障害を残しているもの・就労していない者→身辺日常生活を適切又は概ねできるもの |
14級9号 | 局部に神経症状を残すもの | 判断項目の1つ以上について時に助言・援助を必要とする程度の障害が残存しているもの |
⑵非器質性精神障害の後遺障害等級が認定されるまでの流れ
①通院
非器質性精神障害が残存していることを医学的に証明するため,専門医の適切な治療を受けましょう。
②症状固定
後遺障害は,「これ以上治療を続けても症状が改善しない」と判断されてから認定されます。
「これ以上治療を続けても症状が改善しない」時点を「症状固定」と言います。
非器質性精神障害の症状固定の時期については,3 非器質性精神障害の後遺障害認定を受けるためのポイントは?で詳しく記載しています。
③後遺障害認定申請
後遺障害等級認定申請を行います。
後遺障害等級を申請するには,(ア)事前認定と(イ)被害者請求の2つの方法があります。
(ア)事前認定(加害者請求)
事前認定とは,加害者が加入している保険会社に申請を任せる申請方法です。
加害者側の保険会社が手続きを行うので,被害者本人には手間がかかりません。
一方で,十分な資料・証拠を収集してくれず,後遺障害が認定されないおそれがあります。
(イ)被害者請求
被害者請求とは,被害者(または代理人の弁護士)が行う申請方法です。
被害者が手続きを行うので,手間・時間がかかるおそれがあります。
一方で,提出書類を被害者が確認できるので,有利な資料・証拠を提出可能です。
また,先払い金や仮渡金を受け取ることができます。
④調査
非器質性精神障害の後遺障害等級認定は難しいため,自賠責保険(共済)審査会のうち,後遺障害の専門部会が請求書類に基づき調査します。
⑤後遺障害等級認定
調査結果が自賠責保険に送られ,その内容に応じた等級認定の結果が出ます。
3 非器質性精神障害の後遺障害認定を受けるためのポイントは?
(1)事故との因果関係を証明する
非器質性精神障害は,家庭環境など他の事情も原因となりえます。
交通時期から長期間経ってから発症していれば,交通事故と非器質性精神障害との因果関係が疑われます。
そのため,交通事故後,症状が発症した段階ですぐに通院し,事故との因果関係が疑われないようにしましょう。
また,家庭環境,職場環境などに問題がなく,交通事故以外の発症原因がないことを論理的に説明しましょう。
(2)専門医の適切な治療を受ける
速やかに専門医による適切な治療を受けていなければ,「専門医による適切な治療を受けていれば症状は改善していたはず」と判断されて,後遺障害の認定を受けられない可能性があります。
(3)長期間通院を続ける
非器質性精神障害は,一定期間が経過すれば治癒する可能性があるため,症状固定の時期が早すぎれば後遺障害の認定がなされません。
そこで,他の後遺障害では6ヶ月程かかるのが通常であるのに対して,非器質性精神障害の場合,治療に1年以上かかります。
少なくとも,事故後1年間は通院することになると覚悟しておきましょう。
4 非器質性精神障害の後遺障害慰謝料相場は?
等級 | 自賠責基準 | 弁護士基準 |
9級10号 | 249万円 | 690万円 |
12級13号 | 94万円 | 290万円 |
14級9号 | 32万円 | 110万円 |
交通事故で非器質性精神障害が残った場合,後遺障害慰謝料の相場は,等級ごとに慰謝料相場が異なります。
また,加害者側の保険会社が提示する示談金は相場よりも低いことが多いです。
一方で,弁護士が交渉すれば,「弁護士基準」と呼ばれる過去の裁判例をもとに設けられた基準に基づいて示談交渉を行うことができます。
5 まとめ
非器質性精神障害は,他の後遺障害以上に後遺障害等級の認定を受けることが難しいです。
弁護士に依頼すれば,被害者の方に代わって後遺障害認定申請の手続を行うことができるうえに,適切な等級の後遺障害認定を受けることができる可能性が高まります。
また,後遺障害等級が認定された場合の慰謝料は,「弁護士基準」で計算した方が高くなります。
さらに,弁護士相手であれば,保険会社は訴訟に発展することを恐れ,示談交渉での態度が軟化する可能性も高いです。
そのため,弁護士を入れた方が慰謝料の増加を見込めます。
適切な後遺障害等級の認定を受け,十分な賠償金を獲得するには,早い段階で弁護士を入れることをお勧めします。
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