自動車を運転する方の9割は自動車保険、ないしは自動車共済に加入していると言われています(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況 2019年度版(2020年5月発行)」より)
一見「ほんとんどの車が任意保険に加入しているので安心!」と思われる数字ですが、言い方を変えると、「10台に1台の車は自賠責保険のみである。」ということです。
では、もしも残り1割である任意保険に加入していない、自賠責保険のみの加入者が事故を起こし、加害者になった場合は、どうなるのでしょうか?
目次
1 自賠責保険のみで事故を起こしたらどうなるか
(1)自賠責保険で支払われない損害については加害者自身が負担
自動車損害賠償責任保険、通称:自賠責保険は、人身事故の被害者の方を救済する目的で、自動車損害賠償法によって、原則として原動機付自転車を含むすべての自動車に契約が義務付けられている保険です。
「強制保険」とも言われる自賠責保険に加入していない(もしくは保険の期限が切れている)場合,本来は自動車を運転することができません。
この自賠責保険は、できる限り多くの被害者に対して、迅速かつ公平に対応をするために、支払額は定額化された基準が定められています。
支払われる保険金にも限度額が設けられています。
では、自賠責保険しか加入していない加害者が事故を起こし、被害者の損害賠償額が自賠責保険の限度額を超えた場合、支払われない損害賠償金はどうするのでしょうか?
結論からいうと、「加害者自身が負担する」こととなります。
自賠責保険分を補償すれば、加害者の損害賠償の支払い義務が無くなるわけではありません。
万が一に備えて任意保険には入っておくべきでしょう。
なお,自賠責保険の期限が切れた状態で交通事故を起こしたらどうなるか,加害者が自賠責保険のみだった場合に被害者はどうなるかについては当事務所の次のコラムでご紹介しているのでご覧ください。
自賠責保険の期限が切れた状態で事故を起こしたらどうなるのか知りたい!
事故の相手が自賠責保険のみだった場合に被害者はどうなるか知りたい!
(2)車の修理代は出ない
自賠責保険は、人身事故の損害に限られています。
そのため、被害者の自動車が破損した場合の修理費用や買い替えの諸費用は、加害者が全額負担することとなります。
それだけでなく、例えば、事故で壊してしまった道路周辺の物(家の壁や門など)についても加害者が自己負担をしなければいけません。
また、車自体ではなく、積載品や携行品、いわゆる被害者の車に積んでいた荷物や身に着けていたもの、持ち物に損害が及んだ時も、加害者の自己負担です。
物損事故の中でも、認定損害額がトップクラスである裁判例は、平成6年7月に神戸地裁で下された判決です。
この事故の被害物件は、積荷である呉服や洋服、毛皮などで、認定損害額は2億6,135万円となりました。
2 自賠責保険の保険金
(1)自賠責保険の支払い基準と限度額
自賠責保険の各支払い基準と限度額は以下の通りです。
①傷害による損害
支払い限度額は被害者1名につき、120万円と決められています。
治療関係費、文書料、休業損害、慰謝料がここに含まれます。
治療関係費の中には、診察料、投薬料、入院料などの治療費、入院の交通費、診断書等の発行費用が含まれます。
これは「必要かつ妥当な実費」と自賠責保険が判断した場合に支払われます。
同じく、義肢や眼鏡、コンタクトレンズ、補聴器代等も必要かつ妥当な実費が支払い基準ですが、眼鏡やコンタクトレンズは50,000円(+消費税)が限度とされています。
他の治療費関係は以下の内容と、看護料は原則として、入院1日につき4,200円、通院付き添い1日につき2,100円とされています。
医師が看護の必要を認めた場合、もしくは被害者が12歳以下の場合に看護料が認定されます。
入院の諸経費は入院1日につき1,100円が支払いの基準です。
次に休業損害ですが、これは、1日につき、6,100円とされています。
これ以上の収入減がある場合は、立証資料を提出すれば実額で補償されます。
ただし、19,000円までの限度額は設けられています。
慰謝料については後述させていただきます。
②後遺障害による損害
支払限度額は,後遺障害等級ごとに定められています。
被害者に後遺障害が残り、審査の結果、後遺障害等級の認定が下りた場合は、傷害部分の損害とは別に、後遺障害による損害に対して支払いがあります。
以下2点が支払いの基準です。
(ア)神経系統の機能や精神・胸腹部臓器に著しい障害を残し、介護を要する後遺障害の場合
被害者1名につき…
常時介護を要する場合(第1級)4,000万円
随時介護を要する場合(第2級)3,000万円
(イ)上記(ア)以外の後遺障害
1級 | 2級 | 3級 | 4級 | 5級 | 6級 | 7級 |
3,000万 | 2,590万 | 2,219万 | 1,889万 | 1,574万 | 1,296万 | 1,051万 |
8級 | 9級 | 10級 | 11級 | 12級 | 13級 | 14級 |
819万 | 616万 | 461万 | 331万 | 224万 | 139万 | 75万 |
後遺障害等級は1級~14級まであり、等級に応じて1人あたり75万円~4,000万円が支払われることになります。
ここには後遺障害が残ってしまったという精神的苦痛に対する慰謝料と、後遺障害により被害者の労働能力が減少したことで本来発生したはずの収入の減少分、いわゆる逸失利益が含まれています。
逸失利益の支払い基準は、被害者本人の収入,各等級に応じた労働能力喪失率,労働能力喪失期間を基本に計算をします。
③死亡による損害
支払限度額 被害者1名に対して最大3,000万円と設定されています。
死亡による損害は、葬儀費用の他、被害者が死亡しなければ得るはずだった収入(ただし、生活費を控除したもの)と、死亡させられたことによる被害者の慰謝料が含まれます。
また、被害者だけでなく、遺族にも慰謝料は支払われます。
ここでいう遺族は、被害者の父母、配偶者、子です。
葬儀費用は100万円とされています。
慰謝料の支払い基準は、被害者本人に対しては400万円、遺族の慰謝料は請求権者が1名の場合は550万円、2名の場合は650万円、3名以上の場合は750万円とされ、被害者本人に被扶養者がいる時は上記遺族慰謝料に200万円が加算されます。
④2020年3月31日以前の事故での支払基準
※2020年4月1日に自賠責保険の支払い基準は、改正がなされています。
2020年3月31日以前の事故では,下記のような支払基準でした。
(ア)休業損害
1日あたり5,700円
(イ)入院付添看護料
1日あたり4,100円
(ウ)通院付添看護料
1日あたり2,050円
(エ)後遺障害による損害
後遺障害については、1~12級で後遺傷害慰謝料が増額されていますが、その分逸失利益に該当する部分が減らされているので、上記でお伝えした表の限度額は変わりません。
(オ)死亡慰謝料(被害者本人)
350万円
(カ)葬儀費用
60万円
立証資料等により60万円を超えることが明らかな場合は,100万円の範囲内で必要かつ妥当な実費とされます。
(2)自賠責基準での傷害慰謝料額
①自賠責基準での傷害慰謝料計算方法
傷害部分の一つである慰謝料の計算方法をここでご説明します。
(ここでの慰謝料は、入通院慰謝料を指し、後遺障害や死亡の慰謝料とは異なります。)
入通院慰謝料の計算式は以下の内容で算出されます。
入通院慰謝料=1日あたり4,300円×入通院日数 ※2020年3月31日以前の事故の場合は1日あたり4,200円 |
入通院日数の算出方法には2通りあり、計算した結果、少ない数字を採用します。
(ア)実際に入院した期間と、通院した実日数を足して2倍
(イ)総治療期間日数
②自賠責基準での傷害慰謝料計算例
よくある事例でみてみましょう。
(ア)入院した期間30日間、通院した日数60日、総治療期間150日
(30日+60日)×2=180日
180日>150日のため、総治療期間の150日が採用されます。
つまり、この場合の慰謝料は、以下の内容で算出されます。
4,300円×150日=645,000円
(イ)入院した期間20日間、通院した日数30日、総治療期間120日
(20+30日)×2=100日
100日<120日のため、実際に入院した期間と通院の実日数を足して2倍した100日が採用されます。
よって、この場合の慰謝料は以下となります。
4,300円×100日=430,000円
3 過失による減額
被害者が加害者の自賠責保険に自ら直接請求することを、「被害者請求」といいます。
基本的には先ほど述べた基準で被害者には、保険金が支払われますが、以下の場合では減額が行われます。
(1)重大な過失による減額
被害者に重大な過失があった場合、以下の内容となります。
減額適用上の被害者の過失割合 | 減額割合 | |
後遺障害または死亡に係るもの | 傷害に係るもの | |
7割未満 | 減額なし | 減額なし |
7割以上8割未満 | 2割減額 | 2割減額 |
8割以上9割未満 | 3割減額 | |
9割以上10割未満 | 5割減額 |
(2)因果関係不明の減額
受傷と死亡、または受傷と後遺障害との間の因果関係が不明、つまり因果関係の有無の判断が困難であるとされた場合は、損害額から5割が減額されます。
損害額が支払い限度額を超える場合は、支払い限度額から減額されます。
なお、加害者自身が怪我をして、被害者の自賠責保険に請求する場合も上記の内容が適用されます。
たとえば、加害者の過失が6割の場合は、自賠責保険においては減額がありません。
なお,自賠責保険の重過失減額については当事務所の次のコラムでご紹介しているのでご覧ください。
4 まとめ
任意保険は文字通り、「任意」で入る保険です。
しかし、ある日突然、交通事故の当事者に、それも加害者となってしまったら?
基本的には自賠責保険は最低限度の補償しかありません。
よって、加害者が自賠責保険にしか加入していない場合、限度額を超えた分を自己負担しなければならない可能性が極めて高いです。
加害者に資力がなければ、被害者は十分な賠償金を受け取ることはできません。
また,自分が加害者の場合、被害者の怪我の程度によっては巨額の損害賠償金を背負い、自己破産する方もいます。
これではどちらも不幸です。「自分は大丈夫、いつも安全運転を心がけている」「廃車予定の自動車だから」「掛け金の負担が大きくなったから」と様々な理由で任意保険に入らない方もいますが、自分が加害者となった時を考えていただき、任意保険に加入することを強くお勧めします。