交通事故の後、被害者は加害者または加害者が加入する保険会社と損害賠償の内容や金額について話し合いを重ね、示談交渉します。
示談交渉が進み、双方が内容に合意し、示談が成立すると、示談書を取り交わし、事件が解決するとなるのが一般的な流れです。
しかし、示談成立後、被害者が「損害賠償金が少ないのでは?」と思い、取り交わした示談内容について再度協議したい、無効にしたいという方も少なくはありません。
そもそも、示談を取り消すことはできるのでしょうか?
ここでは、示談取り消しについてご説明を致します。
目次
1 交通事故の示談の取り消し・無効
⑴示談を取り消すことはできない
示談は口頭、書面に関わらず、双方が合意した段階で取り消すことは原則的には認められません。
示談後に、交通事故に関して新たな損害が発生したとしても損害賠償として請求はできません。
よって、示談を相手と取り交わすときは、非常に慎重に行わなければいけません。
⑵やり直し・無効にすることはできるのか
原則的にはできませんが、以下のような場合は、やり直し・無効を認められることもあります。
- ・公序良俗に反する示談
- ・心裡留保・虚偽・要素の錯誤
- ・詐欺または脅迫
また、想定していなかった、予期せぬ後遺障害が発生した場合、追加の請求が認定されることもあります。
2 示談が無効になるケース
示談が無効、取り消しになるケースについて詳しく見ていきましょう。
⑴公序良俗に反する場合
民法90条には以下のように定められています。
民法90条(公序良俗)
公の秩序または善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
公序良俗とは、公共の秩序を守るための、社会の道徳的観念をいいます。
交通事故の示談に関しての公序良俗に反する場合は、たとえば、被害者に知識や経験がないことや、困っているところに付け込んで、適正ではない、被害者が受けた損害の程度に比べ、明らかに著しく低い損害賠償金で示談をした時が当てはまります。
⑵心裡留保、虚偽表示、要素の錯誤
被害者と加害者がお互いに真意ではないと知りながら、示談内容について意思表示することを心裡留保(しんりりゅうほ)といい、無効となります。
民法93条(心裡留保)
意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、または知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
また、相手方と共謀し、虚偽の意思表示をした場合、その意思表示は無効となるとされています。
民法94条1項(虚偽表示)
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
たとえば、被害者と加害者が知り合いで、加害者の刑事裁判において、被害者と示談していれば情状酌量になるといった場合、被害者が何とかしてあげたいとして、そのためだけに示談をしたような場合です。
この場合、心裡留保とされるのですが、過去、心裡留保の主張が認められず、示談は無効にならないとされた判例もあるので、かなり注意しなければいけません。
情状酌量のための示談書だったとしても、基本的には、一旦示談書にサインをする=その金額以上は請求権を放棄するということになります。
次に、示談が成立するにあたっての前提事項となった、重要な事実関係に関して、「要素の錯誤」があった場合においては、無効となります。
要素の錯誤とは、重要な事項に関しての思い違いをいいます。
民法95条(錯誤)
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
被害者に思い違い、つまり錯誤があっても、それは無効にはなりません。
一方で、その錯誤が、法律行為の重要な部分にあたり、もしも、錯誤がなければ、その法律行為は誰であってもすることはあり得ないとされる場合、無効とされます。
実際の裁判例を紹介します(名古屋地裁平成12年9月1日判決)。
被害者の示談交渉において、最も重視していたことが、再度の休業期間の休業損害の認定でした。保険会社の担当は、自賠責保険金に含まれているなどといった不適切な説明をし、結果被害者は示談に応じました。
これは要素の錯誤があったとみなされ、無効であるとみなされました。
⑶詐欺または脅迫
示談をする際に、相手に騙された、もしくは脅迫されてやむを得ず示談に応じた場合は、示談を取り消すことが可能です。
民法96条(詐欺または強迫)
詐欺または強迫による意思表示は、取り消すことができる。
注意すべきことは、詐欺又は脅迫の場合は、無効ではないので、取り消しの手続きを行わない限りは、有効扱いされる点です。
3 示談後に後遺症が出た場合
⑴過去の判例
示談が成立した後に、被害者に予期せぬ後遺障害が発生した場合において、被害者は示談した際に取り決めた示談金以外に、後遺障害の損害賠償金を相手加害者に請求が可能です。
全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもって示談がされた場合においては、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであって、その当時予想できなかった不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。
最高裁判決(昭和43年3月15日)
これは、交通事故にて、左前腕複雑骨折により、全治15週間の傷害を負った被害者がいました。事故から10日以内に示談金10万円で示談をしたものの、その後、再手術を行うこととなり、結果、左前腕間接が用を廃する程度(関節の他動可動域が、健側の他動可動域の2分の1以下に制限されたもの)の機能障害が残りました。結果追加で77万円の損害賠償金が認定されています。
※昭和32年4月の事故であり、当時の貨幣価値での金額です。
なお、示談後の追加請求は、上記のような判例があるとはいえ、必ずしも認定されるとは限りません。
示談後の追加請求については、一度示談したにもかかわらず、追加で損害賠償を請求するということになるので、簡単には難しく、それ相応の理由が必要です。
以下は主張をするうえで、追加請求を認められるために抑えておく点です。
- ・新たな損害の発生に、【示談の効力は及ばない】ことを主張する。
- ・重要な事実関係に錯誤があると、【示談の無効】を主張する。
1つめは、新たに発生した損害については、示談した当時には、決して予想することはできなかった損害であるとし、新たな損害には、それ以前に成立をした示談の効力は及ばないという考え方です。
2つめは、新たな損害が発生すると、事前に予想ができていれば、成立した示談内容では示談しなかった、という考え方です。
なお、年齢を重ねることにより、後遺障害が悪化した場合での追加請求、再示談は厳しいとされています。
理由としては、年齢を重ねることによる悪化は予想できるとされているからです。一方で、その想定をはるかに超える予想外の悪化でれば再示談できる可能性もあります。
ただし、交通事故との因果関係を証明する必要がありますので、時間と手間、また費用面でも被害者には大きな負担がかかります。
⑵示談書に事前に記載する
後遺症については、示談書に予め記載しておくことがポイントです。
保険会社との示談交渉の場合は、後遺症についても後遺障害認定等級の結果が出てから示談となるケースがほとんどです。
一方で、被害者と加害者の当事者間同士で示談をする場合は、当事者で示談書を作成することとなります。
また、この示談のタイミングですが、当事者間の場合は、被害者がまだ治療中である時や、後遺障害の申請前の時があります。
そういった場合、留保事項として後遺症について一文、【今後、本件事故が原因で後遺障害が発生した場合は別途補償する。】といった内容の文言があれば安心です。
後遺障害は非常に重くなることもありますので、示談は後遺障害の等級申請後に行うなど、慎重に検討し、行うようにしましょう。
4 示談については大阪(なんば・梅田)・堺・岸和田・神戸の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
当事者間で双方合意の上示談をした場合、原則的には示談の取り消しはできません。しかし、これまでに述べてきたように例外であれば、示談の取り消しを行いやり直し、追加の請求が可能です。
ただし、一度示談したものをやり直すには、専門性の高い分野になるため、知識なしで当事者本人が行うのは厳しくなります。
もしもこれまで述べてきた例外的な場合で示談をやり直したい場合は、弁護士に相談するようにしましょう。
なお、ご説明をさせていただいた内容以外の理由での示談のやり直しは弁護士に相談しても示談のやり直しは厳しいです。
やり直し等をして、再度時間がかかることを考えると、示談をする前に弁護士に相談することをお勧めします。
示談交渉の進め方、示談の内容など、示談についてのご質問やご不安な点は、交通事故を多く取り扱う大阪(なんば・梅田)・堺・岸和田・神戸の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
このコラムの監修者
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太田 泰規(大阪弁護士会所属) 弁護士ドットコム登録
大阪の貝塚市出身。法律事務所ロイヤーズ・ハイのパートナー弁護士を務め、主に大阪エリア、堺、岸和田といった大阪の南エリアの弁護活動に注力。 過去、損害保険会社側の弁護士として数多くの交通事件に対応してきた経験から、保険会社との交渉に精通。 豊富な経験と実績で、数々の交通事故案件を解決に導く。