突然、交通事故の加害者になってしまった場合、自責の念やその後の法的処理への不安から精神的に動揺することもあるかと思われます。
その精神的動揺から、加害者自身も精神疾患に陥ることも容易に考えられます。
うつ病やPTSDは、今後の人生への強烈な不安から発症することも考えられるところ、加害者としての責任・精神疾患とはどのようなものか・今後の見通しについて知っていれば、今後起きることにつき一定の予測をすることができます。
今後の予測可能性があれば、不安の程度も低減するため、精神的ショックが低減することも考えられます。
そこで、交通事故の加害者の責任、精神後遺障害、加害者のケアについて、本記事でご説明を致します。
目次
1 交通事故加害者になったときの責任
⑴交通事故加害者の法的責任
交通事故加害者には、刑事法上の責任・行政法上の責任・民事法上の責任の三類型を負います。
ア. 刑事法上の責任について
㋐ 過失運転致傷罪(自動車運転処罰法<略称>5条)
① 自動車を運転するにあたって法律上要求される注意義務につき、予測可能性・回避可能性を前提として、注意義務に違反すること(※1)
② 相手方が負傷又は死亡すること
③ 注意義務違反と死傷結果への因果関係の認められること
以上の要件を満たした場合、過失運転致傷罪が成立します。
過失運転致傷罪の成立が認められた場合、法定刑は、7年以下の懲役もしくは禁錮または、100万円以下の罰金です。もっとも、被害者の意思、負傷の程度、示談交渉の成立の有無、反省の度合、被告人の精神的状況、その他の事情により、減刑、執行猶予や免除がなされる可能性もあります。
(※1)注意義務とは、教習所で教えてもらったことを思い出していただければ分かるように、人の飛び出しに注意する・速度に注意する・車間距離に注意する・他者の動きに注意するといった、自動車を運転するに当たって注意しなければならないことをいいます。
㋑ 危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条)
① 酩酊運転、制御困難運転、未熟運転、通行妨害運転、信号無視運転のいずれかに該当する自動車の運転(※2)
② 相手方が負傷又は死亡すること
③ ①の行為と致死傷結果との間に因果関係が認められること
④ ①の行為について故意が認められること(※3)
以上の要件を満たした場合、危険運転致死傷罪が成立します。法定刑は、傷害結果にとどまる場合、15年以下の懲役、死亡結果が発生した場合は1年以上の有期懲役です。
(※2)a. 酩酊運転とは、アルコール・薬物による影響で具体的な状況に対応した正常な運転ができない状況で運転することをいいます。薬物とは、規制薬物に限定されません。
b. 制御困難運転とは、自動車の進行の制御が困難な速度で運転することをいいます。
c. 未熟運転とは、自動車の進行の制御に必要な技能を有さず、運転することをいいます。技能の有無で判断されるのであって、運転免許の有無で判断されるのではありません。
d. 通行妨害運転とは、人や車の通行を妨害する目的を持ち、通行中の人や車に接近すること、かつ重大な交通の危険が発生する程度の高速運転をすることをいいます。上記妨害目的が必要であり、単なる危険な割り込みや接近を行っただけでは該当しません。
e. 信号無視運転とは、赤信号又はこれに相当する信号を殊更に無視すること、かつ重大な交通の危険が発生する程度の高速運転をすることをいいます。殊更に無視することは、単なる信号無視ではなく、そもそも信号なんか守る気がない・信号なんか眼中にないといった意思を必要とします。
(※3)故意とは、犯罪の構成要件を認識・認容することをいいます。
a. 酩酊運転に必要とされる故意は、ハンドルを思い通りに動かすことができない、千鳥足になる、アクセルをまともに踏むことができないといった程度の認識があれば故意が認められます。
b. 制御困難運転に必要とされる故意は、ハンドルがまともに操作できないほどの速度である、車体が揺れておりまともに曲がることのできない速度であるといった程度の認識があれば、故意が認められます。
c. 未熟運転に必要とされる故意は、自動車の進行の制御に必要な技能がないことの認識をいい、ブレーキの操作方法を知らないといった程度の認識で足りると考えられます。
d. 通行妨害運転に必要とされる故意は、通行中の人や車に著しく接近すること、重大な交通の危険を発生させる速度であることにつき認識することを要します。高速度の認識は、道路の具体的状況を考慮し、この速度で走れば、重大な交通事故が発生するだろうと考えられる速度である程度の認識があれば足りると考えられます。
e. 信号無視運転に必要な故意は、重大な交通の危険を発生させる速度であることを要します。
㋒ 殺人罪(刑法199条)
① 人を殺す危険性のある行為をすること
② 人が死亡すること
③ ①と死亡結果との因果関係のあること
④ 故意のあること(殺意を要する)
以上の構成要件を満たした場合、殺人罪が成立します。法定刑は、死刑又は無期、もしくは5年以上の懲役です。人を殺す目的で武器として自動車を運転し、人に衝突し死亡させた場合が、殺人罪の適用される典型例です。
㋓ 殺人未遂罪(刑法203条、199条)
上記殺人罪の①の行為を行い、④の故意(殺意も要する)も存在したうえで、死亡結果の発生しなかった場合に適用されます。
法定刑は、殺人罪の法定刑から未遂減軽されたものです。
以上が代表的な交通事故における刑事法上の法的責任です。
イ. 行政法上の法的責任について
主に行政処分と点数制度の二種類があります。
㋐ 行政処分
公安委員会という行政庁が、国民の権利利益を侵害する行為をいいます。具体的には、運転免許の取消処分、免許停止処分を行うことで、国民の自動車を運転する権利を剥奪することが代表例です。
㋑ 点数制度
過去3年間の交通違反・交通事故につき、類型ごとに点数化・加算し、一定の点数に達した場合に行政処分を行うという制度です。
速度超過の取締りを受けた場合、「○○km/h以上の超過であったため、○点減点された」といった会話を耳にすることも多いかと思われます。その会話の指しているものが、この点数制度です。
ウ. 民事法上の責任について
交通事故は基本的には不法行為を構成します。そのため、民法709条、710条に基づく損害賠償義務を負うことが考えられます。
故意又は過失が存在し、相手方に損害(財産的損害と精神的損害の双方を含みます。)を負わせ、故意又は過失と損害との因果関係が認められる場合に成立します。
また、従業員が加害者の場合は、使用者責任(民法715条1項)として、損害賠償義務を負う可能性もあります。
そして、自動車損害賠償保障法に基づいた義務を負うことも考えられます。
⑵交通事故加害者の金銭的な負担
まず、刑事法上の責任に伴う金銭負担として、罰金が考えられます。具体的な判決により金額が決定します。
次に、行政法上の責任に伴う金銭負担として、反則金が考えられます。類型ごとに反則金額が定められているため、該当する金額を納付します。
最後に民事法上の責任に伴う金銭負担として、損害賠償金が考えられます。治療費、休業損害、逸失利益、葬式費、慰謝料、交通費等の項目があり、過去には数億円の賠償義務が認められた場合もあります。
また、具体的状況によっては、破産手続を行っても免責されない非免責債権となるため、一生涯支払を続けないといけない可能性もあります。
⑶被害者に対する謝罪
まず、自分が加害者となり被害者を傷つけた以上、道徳・倫理的に考えて、被害者に対する謝罪は必要であると考えます。
次に、刑事上の判決がなされる際や、慰謝料の算定の際に示談交渉の成立の有無が影響を与えることも考えられます。謝罪をしない、もしくは明らかに心のこもっていない謝罪をするといった、被害者に対して喧嘩を売っているような態度であれば、通常は成立するであろう場合にも示談交渉が成立しないことも考えられます。
その意味でも、誠意ある謝罪が必要であるといえます。
もっとも、心からの謝罪の気持ちがあるとしても、金額交渉において相手の言いなりになることではありません。自分にも権利がある以上、正当な利益は守らなければなりません。そのため、具体的な金額交渉はお近くの弁護士に依頼することがお勧めします。
2 交通事故による精神的な後遺症
⑴うつ病とは
気分障害の一つです。1日通して気分が落ち込むことや、睡眠障害、食欲がない、慢性的な疲労感といった精神的な症状や身体的な症状により、日常生活を満足に送ることができなくなることが典型的な症状です。類似した病気には、双極性障害も存在します。
うつ病を発症する原因は正確には判明していません。しかし、ストレスや様々な疾患、労働環境・社会環境等が変化することが積み重なれば、うつ病を発症する傾向があると事実が存在します。
関連記事:交通事故を起こした加害者がうつ病になった場合どうすれば良いのか
⑵PTSDとは
心身外傷後ストレス障害ともいいます。生命への危険に直面する体験があった場合に、その体験がフラッシュバックし、不安感・動悸・睡眠障害が止まらないといった症状が考えられます。
PTSDを発症する原因としては、生命への危険に直面する体験です。重大な交通事故もこれに該当するといえます。
3 交通事故加害者に対する精神的なケア
⑴交通事故を起こした後の人生
まず、前述の通り、3種類の法的責任を負います。そのため、前科が付く可能性もありますし、数億円もの巨額の賠償金を支払い続けないといけない可能性もあります。
また、ニュースでも取り上げられるような重大な交通事故を起こしてしまった場合は、自宅に人が来て嫌がらせにあうことも考えられますし、宅配ピザを無断注文されることや、YouTuberのカモにされることも考えられます。そのため、引越しを余儀なくされることもあります。
さらに、上記の影響により離婚することも考えられますし、職を失う可能性もあります。そのようなことが積み重なった結果自殺することも考えられます。
⑵交通事故の加害者家族の精神的なショック
上記の通り、加害者本人は色々な意味で大きな負担の背負った人生を送ることになります。加害者が一家の大黒柱として支えている者であった場合、職を失うことや、賠償金の負担により生活が困窮することが考えられます。
また、一家に対する嫌がらせにより、精神障害を負うことも考えられます。
さらに、加害者の子どもが学校でいじめに遭ってしまう可能性もあります。
以上のように、交通事故の加害者、加害者家族のともに精神的に大きな負担を負うことが考えられます。そのため、事故後起こりうることを想定しておくことは、予測可能性の確保という意味で重要な意味を有します。
したがって、治療を行うことをはじめ、精神的なケアを怠らないように細心の注意を払うことが賢明であるといえます。
4 まとめ
交通事故加害者の負う責任、精神的ショック、家族への影響等につきご説明致しました。
まず、大前提として、事故を起こさないように、不可避的に事故が起きてしまった際に事故の責任を小さくするためにも、自動車を運転する場合には細心の注意を払うことが重要です。
事故を起こしてしまった場合は、前述でご説明した最低限の知識を頭の片隅に入れておき、誠意ある対応を行うことが重要です。自分は悪くないと信じるあまり、誰も信じないような訳の分からない主張を繰り返すことは、被害者の心情的に、火に油を注ぐことになりかねません。
その際は、お近くの弁護士に相談すれば、良い味方になってもらえることでしょう。