民法には,「時効」が存在します。
「時効」には,民事上の「時効」や,刑事上の「時効」があります。
当コラムでは,交通事故を原因とする損害賠償請求の「時効」について取り上げます。
これは民事上の消滅時効にあたり,ある権利が行使されない状態が一定期間継続した場合に,その権利の消滅を認める制度を指します。
交通事故を原因とする損害賠償請求の時効から,それを止める方法,時効が完成してしまった場合の対処法についてご説明いたします。
目次
1 交通事故の損害賠償請求の時効はいつ?
交通事故は,いわゆる不法行為にあたります。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
そのため,交通事故の損害賠償請求権の時効期間は,不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間と同様です。
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条の二 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
そこで,時効期間は事故の種類ごとに,以下のようになります。
人身事故:5年 死亡事故:5年 後遺障害が生じた事故:5年 物損事故:3年 |
※もっとも,上記の説明は2020年4月に改正された民法に沿った説明であることをご留意ください。
なお,交通事故後の示談の時効について,当事務所の次のコラムでご紹介しているので,ご覧ください。
2 交通事故の慰謝料請求の時効はいつ?
交通事故の慰謝料とは,精神的苦痛に対する損害賠償請求権を指します。
そのため,事故の種類ごとに,1 交通事故の損害賠償請求の時効はいつ?で記載しているのと同様の時効期間となります。
3 交通事故の時効が始まるタイミングは?
加害者に対する損害賠償請求権は,「損害及び加害者を知った時」の翌日から時効期間がスタートします。
ひき逃げ事故を除き,交通事故発生直後に加害者を知ることになるので,基本的には事故発生日の翌日から時効期間がスタートします。
ただし,後遺障害が残った場合,後遺障害による損害については,症状固定日の翌日から時効期間がスタートします。
また,死亡事故での死亡による損害については,被害者が死亡した翌日から時効期間がスタートします。
もっとも,加害者が分からないひき逃げ事故の場合,加害者が特定された時点が5年間の時効の起算点となります。
警察が捜査しても加害者が不明であれば,事故の翌日から起算して20年で時効となります。
4 交通事故の時効を止めるには
時効を止めるには,時効の完成猶予・更新という方法をとることになります。
⑴時効の完成猶予
時効の完成猶予とは,時効の完成が猶予されるということです。
時効の完成猶予という方法をとれば,時効の完成時期が遅れることになります。
①裁判上の請求
訴訟を提起すれば,訴訟が終了するまでの間は,時効は完成しません。
加害者に対して,交通事故で生じた損害について,損害賠償請求訴訟を提起します。
②支払督促
支払督促とは,申立てに基づいて,簡易裁判所の書記官が相手方に金銭の支払いを命じる制度のことです。
支払督促を行えば,支払督促の手続きが終了するまでの間は,時効は完成しません。
③強制執行
強制執行手続は,勝訴判決を得たり,相手方との間で裁判上の和解が成立したにもかかわらず,相手方がお金を支払ってくれなかったり,建物等の明渡しをしてくれなかったりする場合に,判決などの債務名義を得た人(債権者)の申立てに基づいて,相手方(債務者)に対する請求権を,裁判所が強制的に実現する手続です。
強制執行の手続きがなされると,強制執行が終了するまでの間は,時効は完成しません。
裁判所に対して,強制執行の申立て・手続をすることになります。
④仮差押え・仮処分
仮差押えとは,裁判所の命令によって,債務者が勝手に財産を処分しないよう,債務者の財産を仮に差し押さえることです。
仮差押え・仮処分の手続き終了時から6ヶ月間は,時効は完成しません。
⑤催告
催告とは,債権者から債務者に対して債務の履行を請求する意思を通知することです。
加害者に対して,内容証明郵便などで損害賠償金の支払いを請求すれば,6ヶ月間は,時効は完成しません。
参照:政府広報オンライン 「お金を払ってもらえない」とお困りの方へ 簡易裁判所の「支払督促」手続をご存じですか?
⑵時効の更新
時効の更新とは,これまで経過してきた時効期間をゼロにして,一から時効期間がスタートすることをいいます。
①裁判上の請求
訴訟を提起して,確定判決が下されるなどして訴訟が終了すると,時効期間が新たにスタートします。
②支払督促
支払督促の手続きが終了すれば,時効期間が新たにスタートします。
③強制執行
強制執行の手続きが終了すれば,時効期間が新たにスタートします。
④債務者の承認
承認とは,債務者が債務の存在を認めることをいいます。
加害者の承認があれば,時効期間が新たにスタートします。
具体的には,
(ア)債権者への支払い (イ)債務を認める内容の文書への署名捺印 (ウ)債権者に対する,返済猶予を求める言動 |
といった行為が債務者の承認にあたります。
例えば,加害者から示談金が少しでも支払われていれば,その時点から時効期間を算定し直します。
5 時効期間が過ぎやすいケース
⑴示談交渉が進まない
示談交渉に時間がかかれば,時効がどんどん進行してしまいます。
例えば,加害者が任意保険に入っていなければ,加害者本人と示談交渉するため,加害者側が譲らず合意に至れない可能性があります。
また,示談金の額や事故当時の状況について双方の主張が食い違う場合は,合意点を見いだせず,示談交渉が進まないでしょう。
なお,①交通事故の示談が難航している場合の対処法,②交通事故で示談成立が遅い理由について,当事務所の次のコラムでご紹介しているので,ご覧ください。
⑵治療が長引いている
人身事故の場合,基本的に事故翌日から時効期間がスタートするので,治療期間が長引けば時効がどんどん進行してしまいます。
⑶後遺障害の認定に時間がかかる
後遺障害による損害は,症状固定の翌日から時効期間がスタートするので,認定に時間がかかればその分時効がどんどん進行してしまいます。
6 交通事故の時効が過ぎた場合の対処法
⑴加害者が時効の援用をしていない場合
時効期間が過ぎたら損害賠償請求権が消滅するわけではなく,時効によって利益を受ける当事者が時効の完成を主張すれば時効の効果が発生します。
これは,民法145条で規定されています。
(時効の援用)
第百四十五条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
そのため,交通事故の加害者が時効の援用をしていなければ,時効期間が過ぎても損害賠償請求を行うことができる可能性があります。
⑵加害者が時効の利益を放棄している場合
時効の利益の放棄とは,時効完成によって利益を受ける者が,時効の完成による利益を放棄することです。
交通事故を原因とする損害賠償請求の場合は,交通事故の加害者が,時効の完成による利益を放棄することをいいます。
具体的には,
①債務者が債権者に対して「時効が完成しているけれど,お金は支払います。」と言う
②時効完成後,債務者が債権者に対して示談金を支払う
といった行為が時効利益の放棄にあたります。
交通事故の場合,時効期間が経過した後に,加害者が損害賠償に応じるという回答をした場合,時効の利益を放棄したと評価できる可能性があります。
7 困ったらすぐに弁護士へご相談ください
交通事故を原因とする損害賠償請求の時効についてご説明しました。
時効制度はややこしく,被害者ご本人で時効を止めたり,時効が完成してしまった場合に対処することは難しいです。
時効成立によって、損害賠償を請求できなくなることを避けなければいけません。
弁護士は、時効について専門的な知識を持っています。時効が近づいている方や,既に時効が完成してしまい,対応に悩まれている方は、交通事故問題を多く取り扱う、大阪(なんば・梅田)・堺・岸和田・神戸の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
このコラムの監修者
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太田 泰規(大阪弁護士会所属) 弁護士ドットコム登録
大阪の貝塚市出身。法律事務所ロイヤーズ・ハイのパートナー弁護士を務め、主に大阪エリア、堺、岸和田といった大阪の南エリアの弁護活動に注力。 過去、損害保険会社側の弁護士として数多くの交通事件に対応してきた経験から、保険会社との交渉に精通。 豊富な経験と実績で、数々の交通事故案件を解決に導く。