交通事故の被害者が元々病気にかかっていて,それが原因で被害者の怪我が酷い事故になった。
そのような場合,被害者の病気が原因で被害が拡大したから賠償額を減額したいと相手方から主張されることがあります。これを「素因減額」といい,当コラムでは素因減額についてご説明いたします。
目次
1 交通事故の損害賠償金が減らされる「素因減額」とは?減額される理由と仕組み
⑴素因減額がなされる理由
被害者が事故前から病気を患っていたことが原因で症状が重くなったのであれば,治療費や後遺障害慰謝料などを加害者が全額負担することは不公平です。
そこで,損害の公平な分担を実現するために行われるのが素因減額です。
⑵素因減額の仕組み
素因減額とは,身体に対する加害行為と発生した損害の間に相当因果関係がある場合に,民法722条2項を類推適用して,損害賠償金を減額することです(最判昭和63年4月21日民集42巻4号243頁)。
減額の割合は,個々の事案ごとに判断されています。
なお,素因以外に損害賠償額を減額する要因には「過失」があります。
過失割合については,当事務所の次のコラムでご紹介しているのでご覧ください。
2 素因減額の対象となる素因とは?
素因減額の原因となる素因には,心因的要因と身体的素因があります。
⑴心因的要因
損害が加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,減額することができます。
被害者の性格も,通常想定される範囲を超えるようなものであるときは,斟酌することができます。
素因減額の対象となりうる心因的要因には,例えば以下のようなものがあります。
①神経症一般 ②うつ病,躁うつ病 ③認知症 ④賠償神経症 ⑤PTSD(心的外傷後ストレス障害) ⑥ストレス ⑦性格 |
⑵身体的素因
被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,疾患を斟酌して減額することができます。
ただし,被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有し,これが損害の発生に寄与したとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,減額事由とすることができません。
素因減額の対象となりうる疾患には,例えば以下のようなものがあります。
①椎間板ヘルニア ②変形性脊椎・頸椎・腰椎・膝関節 ③後縦靭帯骨化症 ④脊柱管狭窄症 ⑤腰椎分離症 ⑥腰椎すべり症 ⑦骨粗鬆症 ⑧肩痛,頸部痛,腰痛 ⑨RSD(反射性交感神経性ジストロフィー症) ⑩脳血管疾患(脳梗塞,脳出血,脳動脈硬化) ⑪呼吸器疾患 ⑫高血圧 ⑬糖尿病 ⑭視力,視野障害 ⑮加齢的素因,経年性変化 ⑯身体的特質(体形,体質等) |
もっとも,上記の病名であっても,被害者の年齢や治療歴によっては,素因減額の対象である疾患と評価されないことがあります。
3 素因減額が適用されるかはどうやって判断される?
素因減額に関する判断基準は複数あり,どれを基準とするかは明確に定まっていません。
そこで,一例として2009年版の赤い本下巻に掲載されてある,身体的素因に関する素因減額に関する基準をご紹介します。
「赤い本」とは,東京地裁の実務に基づき賠償額の基準を示し,参考になる判例を掲載している法曹向けの書籍です。
⑴素因減額の基準
身体的素因に関する素因減額を行うかどうかは,①,②,③をみて判断します。
①疾患にあたるか
身体的特徴なのか,疾患であるのかは,医学的概念を基礎としつつ,被害者の年齢に相当する平均人の身体的特徴の範囲内であるかどうかを基準に判断します。
②共に原因となって損害が発生した場合
事故態様・程度,傷害の部位・程度,初期症状,医学的他覚的所見などから予測される予後すなわち損害の予測程度(危険性の射程範囲)と実際に発生した損害との均衡(損害が加害行為のみによって通常発生する程度,態様を超えるものであるかどうか)(危険性の程度)を個別具体的に検討します。
③当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するとき
疾患に該当し,かつ,それが加害行為と共に原因となって損害が発生した場合であっても,なお,損害の公平な分担という損害賠償法の基本理念から,減額しない余地もあります。
ただし,①②の要件を満たしつつ減額しない場合はあり得るとしても稀なケースです。
⑵素因減額の割合
素因減額の割合は,①~③を個別具体的に検討して,損害の公平な分担という損害賠償法の基本理念の観点から算定します。
①疾患の種類,態様,程度(当該病的状態が平均値からどれほど離れているか,その病態除去のためにどの程度の医学的処置が必要か,事故前の健康状態(通院状況等))
②事故の態様,程度
③傷害の部位,態様,程度と結果(後遺障害)との均衡
⑶素因減額の立証責任
素因減額を行うには,賠償義務者である加害者側で①~④の事項の立証責任を負います。
①被害者の身体的特徴が「疾患」に該当すること ②加害行為と当該疾患とが共に原因となって損害が発生したこと ③当該疾患を斟酌しないと損害の公平な分担という不法行為法の趣旨を害すること ④過失割合において検討すべき諸要素 |
4 素因減額で争われれた裁判例
⑴素因減額が認められた裁判例
①最判昭63.4.21 民集42・4・243
事故により頭頚部軟部組織に損傷が生じ外傷性頚部症候群の症状を発した後,10年以上の入通院を継続した被害者につき,事故後3年を経過した日までに生じた損害についてのみ相当因果関係があるとしたうえで,被害者の特異な性格,被害者の言動に誘発された一面もある初診医の常識はずれの診断とこれに対する過剰な反応,本件事故前の受傷及び損害賠償請求の経験,加害者の態度への不満等の心理的要因によって賠償性神経症を引き起こし,被害者の回復への自発的意欲の欠如等があいまって適切さを欠く治療を継続させた結果,症状の悪化と固定化を招いたと考えられるとしました。
その結果,損害賠償額が,4割の限度に減額されました。
②最判平4.6.25 民集46・4・400
一酸化炭素中毒に罹患していた被害者につき,潜在化ないし消失していた一酸化炭素中毒による各種精神的症状が,事故による頭部打撲により顕在発現して長期間持続し,次第に増悪して死亡した事案で,50%の減額を認めました。
⑵素因減額が否定された裁判例
①東京地判平27.3.31 交民48.2.476
両膝打撲傷,頸椎捻挫,頭部外傷等で約1年2か月半の治療後に,身体表現性障害(非器質性精神障害)による頭痛,目眩,嘔気等(14級)の有職主婦(事故時33歳)につき,身体表現性障害の原因はストレスなどの心理社会的要因が関係しているといわれており事故以外の要因が影響している可能性もあるが,それはあくまでも可能性にとどまる上,身体表現性障害の程度は14級にとどまり本件事故によって通常発生する程度,範囲を超えていないとして減額を否定しました。
②最判平8.10.29 民集50・9・2474
交通事故により傷害を被った被害者に首が長くこれに伴う多少の頚椎不安定症があるという身体的特徴があり、これが、交通事故と競合して被害者の頚椎捻挫等の傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たりしんしゃくすることはできないとしました。
5 素因減額で損害賠償金が減るのを防ぐためには?
⑴すぐには素因減額の主張を受け入れない
加害者側の保険会社は,多額の保険金を支払いたくないがために,素因減額を主張してくることがあります。
明確な根拠なしに主張している可能性があるので,素因減額の根拠や減額割合を尋ねたうえで,素因減額を否定する反論をしていきましょう。
⑵減額割合を減らす
仮に,被害者に「疾患」にあたるような素因があるとしても,減額割合を減らすことができるよう,交渉しましょう。
似た裁判例や,医師の意見書などを参考に交渉して,減額幅を減らしましょう。
⑶弁護士に依頼する
素因減額を否定する反論,減額割合を減らすような交渉を行うには,医学的知識に加えて法律知識が必要なので,一般の方が行うのは難しいです。
そこで,素因減額の交渉に詳しい弁護士に依頼して,示談交渉を代行してもらうことが最適です。
6 まとめ
加害者側から,「素因減額をして示談金を減らしたい」と言われても,何のことを言っているのかすぐには分からないでしょう。
素因減額の仕組みや,どのような病気が「疾患」にあたるのかについては,明確な判断基準がないので,ご自身で判断することは難しいです。
そのため,裁判例の傾向などを把握している弁護士に相談することをおすすめします。相手方から素因減額を主張され,悩まれている方は,大阪(なんば・梅田)・堺・岸和田・神戸の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。